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神戸地方裁判所 昭和57年(行ウ)12号 判決

原告

濱田益男

右訴訟代理人弁護士

横井貞夫

泉公一

森川憲二

多田徹

滝本雅彦

被告

兵庫税務署長

山川忠利

右指定代理人

浦野正幸

外六名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対し昭和五五年五月一二日付けで原告の昭和五一年分所得税についてした更正処分(以下「本件更正処分」という。)を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  課税処分に至る経緯等

(一) 原告は、給与所得者であるが、昭和五一年分所得税につき、源泉徴収税額の還付を受けるため、原告の当時の住所地(兵庫県加古川市尾上町養田七一二番地の一二)の所轄税務署長である加古川税務署長に対し、昭和五二年七月二日、同年分の所得税の申告書に左記のとおり記載して申告した。

給与所得金額 一三〇万六〇〇〇円

譲渡所得金額損失 二九万七〇〇〇円

総所得金額 一〇〇万九〇〇〇円

還付金の額に相当する税額 三万四八〇〇円

これに対し、同税務署長は、昭和五五年五月一二日、左記のとおり本件更正処分をし、同月一四日、原告にこれを通知した。

給与所得金額 一三〇万六〇〇〇円

譲渡所得金額 〇円

総所得金額 一三〇万六〇〇〇円

還付金の額に相当する税額 〇円

納付すべき税額 三万四八〇〇円

(二) 原告は、同税務署長に対し、昭和五五年七月七日本件更正処分につき異議申立てをしたが、同税務署長は、同年一〇月七日、これを棄却した。そこで原告は、国税不服審判所長に対し、同年一〇月一五日、本件更正処分につき審査請求をしたが、同所長は、昭和五七年一月一四日これを棄却し、原告は、同月二六日ころ、その裁決書謄本の送達を受けた。

2  本件更正処分の違法性

原告の昭和五一年中の給与所得金額は一三〇万六〇〇〇円であり、これと原告が昭和五一年七月ころ自家用自動車(以下「本件自動車」という。)を売却したことによつて生じた損失二九万七〇〇〇円(以下「本件損失」という。)を損益通算した結果の一〇〇万九〇〇〇円が右係争年分の原告の総所得金額であるのに、同税務署長は、右損失の損益通算を認めず、総所得金額は一三〇万六〇〇〇円、納税すべき税額は三万四八〇〇円であるとの本件更正処分をしたもので、右処分は、非課税所得及び損益通算に関する法令の解釈適用を誤つた違法があり、取消しを免れない。

(一)(1) 原告は、昭和四五年四月から神戸市兵庫区大開通一〇丁目二番一四号所在の大崎会計事務所(以下「大崎事務所」という。)に勤務することとなつたが、その後会計事務所業務に習熟するにつれ、この業務補助者として顧問先での帳簿関係の監査・振替伝票の記票・税務書類の税務署等関係官庁への提出、更には顧問料等の集金・顧問先での決算書類の受領・税務調査立会等、種々の業務を担当するにいたり、とりわけ原告は主に外回りを担当することが多くなつて、原告の責任領域も広がつていつた。

ところで、この間原告は、昭和四六年六月ころ本件自動車を価格六八万円で購入した。購入後、当時の原告の自宅(加古川市尾上町養田七一二番地の一二)から山陽電車高砂駅までの通勤区間の一部、あるいは大崎事務所までの全区間の通勤の用に、又、自己の担当する外回り業務の用に供し、土・日曜・祭日等にはドライブ、私用等で本件自動車を使用することとなつた。

(2) 原告が外回り業務に直接使用する割合は、一週間に平均一ないし二回、一か月平均七日程度であつたが、昭和四六年六月から昭和五一年七月にかけての走行距離は総計(概数)四八九〇キロメートルであつた。

(3) 又、右業務に直接使用した際は、必然的に自宅から大崎事務所までの全区間往復距離を通勤に供したが、この往復距離約八二キロメートルに業務使用日数、集金使用日数(ただし、この相互に一部重複あることを考慮し)合計三五八日として、これを乗じた総走行距離は二万九三二〇キロメートルであつた。

(4) 更に、原告は本件自動車購入後は、右(2)・(3)記載以外の出勤日は自宅から山陽電鉄高砂駅までの一部通勤区間(往復四・六キロメートル)について本件自動車を連日通勤の用に供していたが、これを使用日数で見れば本件自動車使用期間中の出勤日数から前記(3)記載の日数を差し引いた一〇六八日となり、又走行距離で見れば、右日数に四・六キロメートルを乗じた四九一二キロメートルとなる。

他方、レジャー等への使用割合は、使用回数三五五回、走行距離で見れば一万九六〇〇キロメートルであつた。

又、原告が本件自動車を売却した際、全走行距離が約六万一〇〇〇キロメートルであつたが、この数値から以上の用途別全走行距離数を差し引いた残余が用途を区分し得ない部分となる。

(5) この結果走行距離で見るならば、本件自動車を業務及び通勤に使用した割合は、約六五パーセントとなり、レジャー等に使用した割合は約三二パーセントとなる。

(6) 原告は、昭和五一年七月ころ本件自動車を運転中に同車を中央分離帯に衝突させる自損事故を引き起こしたが、その事故の程度は、本件自動車のバンパー、ラジエータ及びエンジンをわずか突いたにすぎず(後に述べるスクラップ業者豊田勝義が、右損傷に気付かない程損傷は軽微であつた。)、右中央分離帯が壊れていないことから警察に届け出る程の事故ではなく、右事故後も本件自動車は製鋼原料販売業(スクラップ業)豊田勝義の作業所へ原告が運転して行くことができる走行機能は有していた。

原告は、本件自動車を修理すれば従前どおり直せるものの相当な修理代がかさむことから廃車にしようと考え、右スクラップ業者豊田のいうまま事故を起こした本件自動車を三〇〇〇円で売却処分した。

右スクラップ業者豊田が本件自動車をスクラップとして三〇〇〇円という値段で引き取つたのは、①本件自動車の塗装が色あせた感じで型式も古かつたこと、②右豊田はスクラップ業者であり客から自動車の買り取りを求められるとスクラップとして評価し買い取るしか方法がないこと、③本件自動車が中古車として流通可能かどうか判断しその旨顧客に助言できる能力を持ち合わせていなかつたことによるもので、決して本件自動車が客観的にみて自動車としての属性を喪失する程に損傷していたことを意味するものではない。

(二) 本件自動車について生じた二九万七〇〇〇円の本件損失は、滅失損(所得税法(以下「法」という。)五一条一項参照)と呼ばれる、いわゆる狭義の資産損失(法五一条が規定する原因による資産損失)に該当するものではなく、譲渡損失である。

(1) まず、法三三条一項は、譲渡所得とは、資産の譲渡による所得をいう、と規定し、その譲渡の目的物、譲渡の態様につき何等の制限を設けていないから、当該資産がその資産としての属性を有しているあいだに、譲渡によつて損失が生ずれば、それは譲渡損失を構成することとなる。

ア 法三三条一項にいう「資産」に該当するというためには、その物が従来有していた属性を、譲渡時点においてもなお保有していることを要し、譲渡時点において当該資産がその属性を保持しているかどうかは、当該資産と同種の資産が本来的に有する機能・形態との比較において客観的に判断すべきである。

自動車についていえば、運転機能、走行機能のほか自動車としての本来の使用に耐え得る機能及び形態を保持しているかどうかによつて客観的に判断されるべきである。したがつて、仮に走行が可能であつても、他の機能の低下または形態の変化により、運転者ないしは同乗者に危険の及ぶような事故が発生する危険が高くかつその欠陥を修理するのに、同種の新車を購入するのと同程度の費用を要するような場合は、もはや自動車としての属性を失つた(換言すればスクラップ化した)とみられても致し方のないところである。

しかし、廃車手続きの有無、自動車の譲渡先、譲渡価格及びその算定基準をも自動車がスクラップ化したかどうかの判断要素とすることは誤りである。わが国のように、自動車が広く国民に普及し、その買い換え需要も旺盛な社会においては、まだ十分に使用に耐え得る自動車でも中古車として譲渡することなく、本件と同じくスクラップ業者に譲渡することはままあることだからである。

イ 法三三条は、「譲渡」の意味につき何ら制限を設けていないのであるから、自動車についてその譲渡先、譲渡価格及びその算定基準を右にいう「譲渡」に該当するかどうかの判断要素として考慮することは誤りである。

ウ なお、狭義の資産損失について規定した法五一条一項中に、「滅失」には「損傷による価値の減少」も含まれると規定されているけれども、本件自動車の一部損傷後の譲渡が、右規定によつて狭義の資産損失に該当することになるわけではない。

即ち、右規定は、当該資産が完全な滅失に至らず、損傷によつてその価値が減少した後、譲渡されることなく引き続き不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき事業の用に供される場合に限つて適用されるものである。当該資産が一部損傷後有償譲渡されて損失を生じた場合には、前述のとおり法三三条が「資産の譲渡」について何等の制限を設けていない以上、譲渡損失として取り扱うのが当然である。

エ 本件自動車の一部損傷の程度は前述のとおり(2(一)(6)参照)であるから、法五一条一項の適用の余地はなく、法三三条の「資産の譲渡」に該当し、譲渡損失として取り扱うべきである。

(2) 仮に、本件自動車が三〇〇〇円という安い譲渡価格で売却されたのは、原告の自損事故による自動車としての資産価値の減少という要因があつたとしても、本件損失(二九万七〇〇〇円)が発生したのは、全て原告の自損事故によるスクラップ化(滅失)による損失と考えるのは相当でない。

ア そもそも、譲渡所得は、保有資産の価値の増加益(キャピタル・ゲイン)について、その資産が保有者の手をはなれるのを機会に、その保有期間中の値上り益を所得の実現があつたものとして計算するものであり、これとパラレルに保有資産の価値の減少損(キャピタル・ロス)を担税力の減殺要素である譲渡損失として譲渡の時点で把握するに過ぎない。保有資産の価値の増加益(減少損)は既にその資産の保有中に継続的に発生しており、ただそれを所得の計算上その資産が保有者の手を離れるときに把握することにしたに過ぎない。そして、所得(損失)金額の計算上は、譲渡価額(時価相当額)と取得費(但し、本件自動車のように使用又は期間の経過により減価する資産については、当該資産の取得に要した金額等から一般的、類型的に把握した減価の額を控除した額(いわゆる帳簿価格)及び譲渡費用の合計額との差額として把握される(法三三条三項)。

他方、狭義の資産損失は、取りこわし、除去、滅失等の資産そのものの減少喪失等であり譲渡損失とは本質的に違つた内容のものである。

したがつて、損失金額の計算上は、当該損失を生じた時の直前におけるその資産の価額(時価)と損失発生直後の価額(時価)との差額として把握される(所得税法施行令(以下「令」という。)二〇六条三項)。

もつとも、法令上、狭義の資産損失における損失の金額の計算の基礎となる資産の価額を帳簿価額とする例もあるが(令一四二条一号、令一七八条三項)、前者は狭義の資産損失であつても必要経費への算入が認められるものであり(法五一条)計算の便宜を考えて帳簿価額を前提とするに過ぎない。後者はもともと損益通算について課税上の保護が与えられていないもので、ただ、譲渡所得の金額の計算上とのバランスから認めたもの(法六二条、六九条二項)であり、いずれにしても損失の金額の計算上帳簿価額を前提としても譲渡損失(損益通算)との関係で不都合はないものである。

イ 本件自動車は、仮に自損事故による価値の減少がないと仮定した場合でも、その譲渡の時点である昭和五一年七月現在において自動車販売業者が買取りする際の標準的な価額(時価相当額)は約一五万円である。本件自動車の購入時点での取得価額六〇万円から所得税法三八条二項二号に基づき算出した減価の額三〇万円を控除して算出した売却時の帳簿価額三〇万円との間には一五万円の差額を生じている。したがつて、原告が本件自動車を前記時点で仮に自損事故による価格の減少がないものとして売却しても帳簿価格三〇万円と時価相当額一五万円との差額一五万円の譲渡損失が顕在化する。そして、自損事故直前の本件自動車の時価相当額一五万円と現実の譲渡価額三〇〇〇円との差額一四万七〇〇〇円が狭義の資産損失の金額に相当する。

ウ よつて、本件自動車にあつても、損失金額二九万七〇〇〇円のうち、一五万円は譲渡損失による損失金額、一四万七〇〇〇円は狭義の資産損失による損失金額と考えるのが相当であり、少なくとも右一五万円について譲渡損失による損益通算を認めなかつた本件更正処分には法令の解釈適用を誤つた違法がある。

(三) 被告が、本件更正処分において本件損失につき損益通算を否定したのは、以下の理由から違法である(主位的主張)。

(1) 資産の譲渡所得と損益通算に係わる現行法制の基本

ア 法三三条一項は、同条二項に規定する資産の譲渡による所得を除き、すべて資産の譲渡所得を構成するとの建前を採用し、更に、譲渡により損失が生じた場合、同法六九条一項により損益通算するものとされ、他の所得から損益通算のルールに従つて控除しうることとなつている(以下単に「損益通算」という場合、右の意味で使用する。)。これは、譲渡損失は担税力の減殺要素を構成するために、憲法二五条、一四条から導かれる応能負担の原則の要請を考慮するものといえる。

イ ところで、法三三条一項に規定される「資産」は、同条二項に規定される資産を除く他は無限定の概念であり、例えば、生活用資産・非生活用資産であるとか、事業用・非事業用資産であるとかの用途、種別等で区別しない建前をとつており、すべての固定資産を対象とする概念(ただし固定資産に限られないが、固定資産はすべてという意味で)である。なお、一定の資産については、法九条一項九号等により譲渡所得に対し非課税とされ同条二項一号等により譲渡損についてはなかつたものとみなされる。

(2) 本件自動車に関連して、所得税法上の損益通算の適用の有無に係わる除外条項について

ア 法九条二項一号、法九条一項九号、令二五条と「生活用動産」

法九条一項九号は、自己又はその配偶者その他の親族が生活の用に供する家具・じゆう器・衣服その他の資産で政令で定めるものの譲渡による所得があつても、これを非課税扱いとする。他方、同条二項一号は、右九号に規定する資産について譲渡損失が生じても、これをないものとみなし、結果として損益通算を排除する。ところで、法九条一項九号は、憲法二五条で国民の健康で文化的な最低限の生活を保障する法意を受けて、そのような生活維持に不可欠な動産を譲渡して譲渡益が生じても、その所得の性質上課税することが適当でないとの立法事実にもとづくものである。つまり、法九条一項九号で規定される「生活の用に供する家具・じゆう器・衣服、その他の資産」は、生活用資産一般を意味するのではなく、前記法意に照して例示されたもの及びこれに類する最低生活に必要な身の回り品的動産に限定されるべきである。更に同号を受けて、令二五条は、生活に通常必要な動産のうち、五万円以上(現行三〇万円以上)の貴石・貴金属等並びに書画・こつとう及び美術品以外のものを、法九条一項九号に規定する資産と限定(これを「生活用動産」と指称する。)している。これら法九条一項九号が家具・じゆう器・衣服と例示していること、かつ令二五条の制限規定を総合して解釈すると、譲渡所得を非課税とする「生活用動産」とは家具・じゆう器・衣服及びこれに類する生活に通常必要な動産のほか、貴石・書画等令二五条で列挙されるものについては、それが生活に通常必要といいうるものであつても、五万円以下のものに限るという概念で解されるべきである。したがつて、令二五条は列挙された貴石・書画等については、生活に通常必要といいうるものであつても一定額以上の高価品については、非課税扱いの対象から除外する点に意味のある規定である。

イ 法六九条二項、法六二条、令一七八条一項と「生活に通常必要でない資産」

法六九条二項は、法六二条一項に規定する「生活に通常必要でない資産」に係わる譲渡損失については、損益通算を除外している。

ここで、法六二条一項の言う「生活に通常必要でない資産」として、令一七八条一項は、

①競走馬、その他射こう的行為の手段となる動産(一号)

②通常自己及び自己と生計を一にする親族が居住の用に供しない家屋で、主として趣味・娯楽又は保養の用に供するもの、その他主として趣味・娯楽・保養又は鑑賞の目的で所有する不動産(二号)

③生活の用に供する動産で令二五条(譲渡所得について非課税とされる生活用動産の範囲)の規定に該当しないもの(三号)

の三項目を規定している。

損益通算が排除されるこの「生活に通常必要でない資産」の概念解釈の手がかりは、右の令一七八条一項に求めることができる。

まず、一号の競走馬等の射こう的動産について譲渡損失が生じても、通例国民感覚的に担税力の減殺要素ではないので、損益通算の保護を要しないものと現行法はみているわけである。次に二号の主として趣味・娯楽・保養又は鑑賞目的で所有する家屋、不動産も同様である。これらの資産の範囲は法文上も明確である。

また、二号に関して注意を要するのは、家屋・不動産について所有態様で限定が加えられており、主として趣味・娯楽・保養又は鑑賞目的でない複数の家屋・不動産を所有する場合、例えば他人に賃貸して賃料を得る不動産はもちろんのこと、遊休資産として所有する空家・空地・山林等の不動産についても損益通算規定の適用が制限されていないこととなる点である(二号が想定する典型例が別荘である。)。

右のような一・二号の規定を見るならば、およそ社会通念、国民感覚として生活に通常不必要な射こう品、非実用的瀟洒な資産に限定するのが法意であることが明らかである。

ところで、三号は、令二五条を援用する規定の体裁をとつているため、両条項相互間を整合的に解釈すべきであるが、この場合、令一七八条一項一・二号との解釈の整合性もこれまた抜きにすることはできない。

とすると、「生活の用に供する動産で令二五条の規定に該当しないもの」の該当しないとは、法九条一項九号を受けた令二五条によつて、「生活用動産」に該当するものの範囲が画されているが、これに該当しないもの、つまり一定額以上の貴石・貴金属等、書画、こつとう美術工芸品を意味するものと解することができる。

結局、生活の用に供する動産でも、一定額以上の貴石・貴金属、書画等にあつては、これを贅沢品と見、一面投機的に保有され一種の租税回避の手段として利用される恐れもあるので、「生活に通常必要でない資産」とするというのが法九条一項九号、令二五条、令一七八条一項各号を最も合理的に且整合性をもつてする解釈である。

令一七八条一項三号が、前記のような体裁の規定をとつたのは、令二五条において、社会進歩・商品生産の発展等により、生活に通常必要な動産といい得るものの中にも一定額以上の高価品が流布するに至る場合、必ずしも列挙された貴石・貴金属等・書画等以外の動産で非課税扱いとするのが不相当な動産と判断されるにいたつて、列挙動産が追加規定された場合でも、令一七八条一項三号はこれら追加規定された動産も当然「生活に通常必要でない資産」と扱うことができることに合理性が見られる。

ウ 以上を総合すると、一般的な家庭用資産の中には

①法九条一項九号及び令二五条で規定され、譲渡所得が非課税扱いとなる「生活用動産」

②法六二条、令一七八条一項三号で規定され、損益通算を排除される「生活に通常必要でない資産」

③右の①、②いずれにも属さない一般資産

の三種に類別することができ、この③の概念の資産は法三三条一項の譲渡所得課税対象となり、かつ法六九条一項によつて譲渡損失が発生した場合の損益通算が許容せられる資産の範疇に属することとなる。

エ 本件自動車の各資産概念への該当性

(ア) 本件で対象とされているのは、通常「マイカー」と言われる自家用大衆自動車である。

ところで、被告は自家用自動車を主として「通勤のため、毎日のように使用している場合」は「生活に通常必要な動産(令二五条)」に該当し、法九条一項九号により、譲渡所得は非課税とされ、譲渡損は同条二項一号によりないものとみなされ、主として娯楽用として使用し、随時買物・通勤等に使用している場合は、「生活に通常必要な動産」とはいえないので、法三三条一項の譲渡所得課税の対象となり、法六九条二項によつて損益通算は排除される旨主張する。

被告の主張の前提は、自家用自動車はその使用態様が主として通勤用であるか、主として娯楽用であるかによつて二分され、それぞれ所得税法上異なつた扱いを受けて、結果的にはいずれも損益通算は排除されるとするものである。しかしながら、自動車について、主として娯楽用であるか、通勤用であるかという用途・使用状況に対応して「生活用動産」か否か、「生活に通常必要でない資産」か否か、という資産概念を把握するという前提は、現行法上明らかにその根拠を欠くものである。唯一関連するものとして、令一七八条一項二号が居住用に供しない家屋・不動産について「主として趣味・娯楽・保養又は鑑賞の用に供する」か否かを基準として「生活に通常必要でない資産」の概念区別の基準としているが、家屋・不動産については、主として趣味・娯楽用等として所有する者は、自己又は、同居親族の居住用家屋・不動産を所有しているのに加えて、複数の家屋・不動産を所有することが通常であることを前提に、同号は別荘等を念頭にして規定されたもので、これを生活に通常必要でない資産とする同号には相応の合理性が認められる。

他面、主として趣味・娯楽等に供するために所有する動産で明らかに生活に通常必要な資産に該当するといい得る動産も現代の社会社活においてその例は多い。カラーテレビ・ステレオ・各種スポーツ用品等々例示すれば枚挙にいとまがない。

つまり、「生活に通常必要でない資産」であるか否かの一般的判断基準として、現行法令は本来主として趣味・娯楽等の用途であるか否かという使用態様に対応させた区別を採つていない。唯一「家屋・不動産」について例外的にである。被告主張の前提は、全く法令上に根拠を有しないか、あるいは、許容の限度を超えた拡張解釈にもとづくものであつて、課税要件法定の要請にも反する違法な解釈というの他ない。

(イ) 本件自動車は、令一七八条一項で規定する「生活に通常必要でない資産」に該当しない。

まず、文理上からしても、令一七八条一項の各号が規定する資産は、先にも指摘のとおりであり、いずれの号にも自動車は該当しない。

更に現代社会において、自家用自動車は通勤・買物・家族の健康保持・娯楽のためのドライブ、家庭生活における友人・知人との交際等々、多様な目的に供するため、生活領域の拡張、生活内容の多様化・円滑化・効率化に不可欠な資産である。

他面、国民生活における普及率という観点から見ても、一九六〇年代後半からの技術水準の向上、道路事情の著しい改善、自動車に対する社会経済的・国民生活的需要の急激な増大等から、いわゆる自動車化社会がもたらされ、本件更正処分がされた一九七六年(昭和五一年)ころは、全国平均でほぼ二世帯に一台乗用車(商業車を除く)が普及した。一九七〇年から一九七五年にかけてだけでも、乗用車保有世帯は倍増するという実情であつた。このような社会生活の実態、それを反映する社会通念からしても自家用自動車は「生活に通常必要でない資産」にはとうていあたらず、令一七八条一項の各号のいずれかにことさら準じた扱いをすべき合理的理由も全く見当らない。したがつて、譲渡損失につき損益通算の適用除外を規定した法六九条二項、法六二条、令一七八条一項(とりわけ三号)に該当しない。

(ウ) 本件自動車は、法九条一項九号、令二五条で規定する生活用動産に該当しない。

法九条一項九号、令二五条で譲渡所得非課税扱いとする生活用動産は家具・じゆう器・衣服及びこれに類する生活に通常必要な動産で、貴石・貴金属等・書画等については五万円以下(現行三〇万円)のものに限り包含されることになるが今日の我国では自家用自動車は高度に普及してはいるが、未だ大半の家庭で保有するには至らないもので、最低限の生活についての必需品というわけでもない。又、家具・じゆう器等に比較して、一般には高価な資産であるといわねばならない。

更に自動車については、製造・取得段階で物品税・自動車取得税が、所有段階で自動車重量税・自動車税・軽自動車税、利用段階で揮発油税・地方道路税等々、現行税法体系は種々の課税対象として扱つている。所得税法のみが、家具・じゆう器・衣服等と同列に譲渡所得非課税と扱つているとは解し難い。

(3) 結論

以上のとおりであつて、本件自動車を含む自家用自動車は、法六九条二項、法六二条、令一七八条一項一ないし三号で規定される「生活に通常必要でない資産」に該当せず、他面、法九条一項九号・令二五条で譲渡所得非課税扱いとなる「生活用動産」にも該当せず(したがつて法九条二項一号にも該当しない。)、結局法三三条一項で譲渡所得課税対象となる資産(いわば一般資産)であり、かつ法六九条一項の適用を受けて損益通算を認められる資産の範疇に含まれるものである。

したがつて、本件更正処分は、右各法令の解釈適用を誤つた違法性を有する。

(四) 仮に右主位的主張が認められないとしても、本件更正処分において本件損失につき損益通算を否定したのは、以下の理由から違法である(予備的主張)。

(1) 個人の保有する有形固定資産の用途による分類

給与所得者の保有する有形固定資産(当然自動車も含まれる。)は、税法上二つに大別されて、その取扱いを異にしている。一は、個人がその収入を得るため、あるいは収入を生ずべき業務につき用いる資産(以下「収入を得るため用いられる資産」という。)であり、他は収入の獲得に関係なく個人の日常的・個人的・消費的生活に用いられる資産(以下「生活の用に供する資産」という。)である。ところで、この二種の資産概念の分類は、所得税法上の取扱いにおいて①必要経費、②損益通算に関して大きな差異がある。

(2) 事業所得者等の保有する「収入を得るために用いられる資産」について

現行法制の取扱い

ア 必要経費について

法三七条一項により、事業所得・不動産所得等の収入を得るため直接に用いられた資産、あるいは収入を生ずべき業務に用いられた資産(これらが即ち「収入を得るために用いられる資産」に該当)についての修繕費、公租公課(車輌であれば自動車税等)、減価償却費(法四九条)等はいずれも必要経費として取り扱われる。

イ 損益通算

また「収入を得るために用いられる資産」は、「生活の用に供する資産」でないため、生活に通常必要でないか否かという基準によつて所得税法上扱いを異にされるものではない。したがつて、もともと法六九条二項の適用を云々する余地がなく、同条一項の原則にもとづき当該資産の譲渡により損失を生じた場合、損益通算することができるものである。

(3) 事業所得者等の保有する「生活の用に供する資産」について

事業所得者、不動産所得者の負担する経費であつても、それがいわゆる消費的生活を営む上で要する経費は、必要経費として認められない(法四五条一項一号、令九六条)。「生活の用に供する資産」についての修繕費・減価償却費等が必要経費として取り扱われる余地はない。

(4) 給与所得者の保有する有形固定資産について

以上述べた事業所得者等の保有する有形固定資産についての二種の分類は、給与所得者の保有する有形固定資産についても同様と解すべきである。ただ給与所得については、税法上必要経費を給与収入から控除し得る旨の明文の規定を欠いているため、「収入を得るため用いられる資産」等についての必要経費が事業所得同様に控除されるというわけにはいかない。しかしながら、右一事によつて、給与所得者について「収入を得るため用いられる資産」という概念が存在し得ないかのように理解するのは誤りである。

一般的には、給与所得者は労務を提供するだけで業務に要する設備・備品等は使用者が用意し、業務に関する費用は使用者が負担するのが通例であるが、例えば通勤費・衣服費・資料費・調査研究費等、勤務するに必要な経費があり、これらは給与所得者にも給与収入を得るために要した費用として、必要経費に認められるべきものである。給与所得にのみ認められた給与所得控除(法二八条)の中に、右必要経費控除の趣旨が包含されている。

そもそも給与所得控除制度は、勤務に伴う必要な経費を概算的に控除する趣旨に出るものであり(総理府税制調査会)かつ給与所得者にもその収入を得るための必要経費が存在することを前提に概算控除が右制度の主要部分であるとする考え方も有力である(京都地裁昭和四九年五月三〇日判時七四一号、東京地裁昭和五五年三月二六日判時九六二号参照)。

要するに、給与所得者の保有する有形固定資産について、その使用目的、用法如何によつては、「生活の用に供する資産」とは別に「収入を得るために用いられる資産」に分類すべき資産が存在することは明らかである。ただ事業所得者のそれと対比すれば必要経費について実額控除でなく概算控除がなされる点が異なるにすぎない。

(5) ところで、被告主張の立論の基礎は、給与所得者が保有する資産は、その使用態様如何にかかわらず、全て「生活の用に供する資産」それも個人の消費生活に供する資産しかあり得ないとし、給与所得者に「収入を得るために用いられる資産」の存在の余地を看過している点で根本的な過誤を犯している。

更に、被告は給与所得者の保有する自家用自動車を全て「生活の用に供する動産」にあたるとし、この意味では使用態様によつて異ならないが、「生活に通常必要な動産」であるか否かの点で、主として通勤に使用する場合はこれに該当し、主として娯楽用として使用する場合はこれに該当しないとするが、この通勤用か否かという具体的な使用態様は、「収入を得るために用いられる資産」か「生活の用に供する資産」かという概念区別の基準として判断せられるべきものである。右両概念自体使用態様に対応して区別される概念であるからである。そして、「生活に通常必要であるかそうでないか」という判断基準として使用態様を基準とするのは、令一七八条一項二号で家屋・不動産の場合に限定されている点を看過するものでもある。

右のとおり、被告主張は二重の過誤を基本とするものである。

(6) 本件自動車と「収入を得るために用いられる資産」

ア 給与所得者の通勤の必然性

給与所得者は、収入を得るためには労務を使用者に提供しなければならない。現代社会では、給与所得者の住居と勤務場所とは遠隔化の傾向にあり、何らかの交通手段を利用しての「通勤」が労務提供に不可欠の必然性を有する。したがつて、通勤は単に消費生活上の行為でなく、収入を得るために必要な行為である。これを、我国の労災法上いかに扱つているかを見るに、通勤が労務提供と不可分に結びついた行為であること、諸外国の労災補償法には通勤災害を補償の対象としている例があり、LLOの条約(一〇二号、一九五二年)や勧告(六四号、一九四四年)でも通勤災害の補償に言及していること等を根拠に、昭和三五年以降通勤災害を業務上のものとすべく、立法化運動が展開され、他方各企業内で通勤災害を業務上に準じて補償させる労使間の上積み協定の成立を見、かかる状況を背景に昭和四八年の労災保険法改正によつて、通勤災害に対する保険給付が導入された。右改正において通勤災害は実質業務なみの扱いがされることとなつたが、これは通勤が収入を得るために必要な行為と理解されるに至つた一つの証左である。

イ 給与所得者が自動車を通勤出張等に使用する場合の使用割合と「収入を得るために用いられる資産」の関係

事業所得者において、主として収入を得るため、あるいは収入を生ずべき業務につき用いられる資産でも、個人の消費生活上利用されることも往々にしてあることである。要するに当該資産の主たる用途が何か、その使用態様によつて社会通念にもとづいて「収入を得るために用いられる資産」か否かの区別をなすべきである。

ちなみに、家事上の経費に関連する経費であつても、その主たる部分が事業所得等を生ずべき業務の遂行上必要であり、且必要な部分を区分することができる場合、当該部分に相当する経費は必要経費として認められるところ(令九六条一号)右の主たる部分が収入を得るため必要であるか否かは、収入を得るのに必要な当該家事関連費全体の五〇パーセントを越えるか否かにより判定するとされている(所得税基本通達四五―二)。

これは、必要経費に関する取扱い例であるが、前記資産をいずれかに分類するについて解釈の指針となる。即ち、五〇パーセントを越えて(自動車の場合、走行距離が最も合理的目安といいうるが。)当該資産を消費生活に用いておれば「生活の用に供する資産」にあたり、そうでなければ「収入を得るために用いられる資産」にあたるとするのが最も正当である。かつ使用態様としては、通勤・出張等業務への使用が収入を得るための行為にあたる。更に、これら通勤及び出張等に自家用自動車を使用することが居住地・職場の位置・環境・職種等、総合的に考慮して社会通念上、相当な使用と言い得るか否かも判断要素と解される。

ウ 自動車化社会の進行実態と自家用乗用車の果す機能について

(ア) 昭和三五年以降、とりわけ現行所得税法が制定された昭和四〇年以降今日まで、技術水準の向上、道路事情の著しい改善、自動車に対する社会経済的且国民生活的需要の急激な増大等により、交通手段としての自動車の機能は飛躍的発達をとげ、いわゆる自動車化社会(モータリゼーション)がもたらされた。この事実は以下指摘する統計的数値によつても具体的に明白である。

(イ) 自動車保有台数の推移

昭和三五年から昭和四五年にかけての我国の自動車保有台数は、三四五万三〇〇〇台から一九五八万七〇〇〇台へと飛躍的に増大し、更に昭和五〇年度におけるその増加率を見ると、昭和三五年に対比すれば約一五倍、昭和四〇年に対比すれば約四・四倍と急激な上昇を示し、昭和四〇年以降、急激な上昇の一途をたどつている。

(ウ) 乗用車の普及率

自動車中、商業車を除く乗用車(本件自動車が含まれる。)の普及率を見た場合、我国の昭和四八年度においては、一〇〇〇人あたり一三三・六台、つまり七・四八人あたり一台の普及率であり、一世帯平均四人と仮定すると二世帯に一台の割で乗用車を保有していたこととなる。

他面、一九七六年度(昭和五一年度)の日本統計年鑑(総理府統計局編)においても昭和五〇年度の乗用車普及率が四一・二パーセントであるから、昭和四八年から同五〇年にかけてほぼ二世帯に一台の割で乗用車が普及していたことは明らかである。

(エ) 兵庫県における登録自動車台数の種類別比較

昭和五二年度の兵庫県統計書(兵庫県編)によれば、昭和五〇年度の兵庫県における総自動車台数は一一一万一五三二台であり、その内乗用車である普通車、小型乗用車、軽四輪車の合計台数は六六万八一五四台である。更に乗用車中、自家用乗用車のみの台数を見た場合、六五万八六九二台となる(軽四輪車は通常自家用のみにしか使用されないものと考えられる)。本件自動車同様、いわゆる「マイカー」といわれる自家用乗用車の台数は右のとおり兵庫県の昭和五〇年度における総自動車台数の五九パーセント強、又、乗用車全体の中で自家用車の占める率は九八・五パーセントであつた。

(オ) 交通手段別に見た利用率の推移

以上の保有台数、普及率の点のみならず、人の移動における各種交通手段別の利用率の推移における自動車の占める割合にも顕著な現象が見られる。

すなわち、我国の国内交通手段別に見た旅客人キロの推移、つまり人が移動(貨物輸送に対し)する際の交通機関の利用率の推移をみると、本件更正処分時の直近である昭和四九年と対比した場合、乗用車利用の総キロ数は、昭和三五年から見れば約二〇倍、昭和四〇年から見れば五・五倍と飛躍的に増大し、昭和四九年においては全交通機関中乗用車の利用率は最多で三二・九パーセントを占めるにいたつた。

更に、その中で自家用車の占める利用率の推移をみると、昭和三五年から昭和四九年にかけて運んだ人員数及び総キロ数のいずれの点から見ても自家用車の比率が十数倍と極端に増大している。

(カ) 目的別、手段別に見た移動の割合について

「金沢都市圏パーソントリップ調査報告書」(昭和五〇年)に基づき、金沢市における五才以上の総人口四四万一七二九人が、一九七四年度にいかなる目的の為にいかなる交通手段を利用したか、その一回毎の移動を「一トリップ」として、全移動総数中、目的及び交通手段の占める割合を示した統計によれば、総トリップ数中、自動車を利用しての目的を問わない合計トリップ数は三八・八パーセントであり、かつ、目的別に通勤目的の合計トリップ数一五万三八三一回の内自動車を利用しての通勤が四五・七パーセントを占めると示されている。これから、他の徒歩、二輪、国、私鉄のいずれに対比しても、通勤手段の中で自動車が占める割合が群を抜いて高いことが明らかである。さらに右統計は、五歳以上の人口を対象としていることから、運転可能な年令層の中での自動車利用によるトリップ数の割合は更に著しく増大すると推測できる。また前記兵庫県における種類別自動車台数の統計表によれば、通勤に通常利用可能な「乗用車」中、自家用乗用車が九八・五パーセントを占めることから見ても、自動車を利用しての通勤のトリップ割合四五・七パーセントの大半が自家用乗用車を利用するものと見ることができる。

(キ) 以上の各種統計数値を総合すれば、高度の自動車化社会の進行の中で、今日においてはもちろんのこと、昭和五〇年ころにおいても、自家用乗用車はその本来的用法からして通勤手段(全区間あるいは一部区間共に)又はこれに付加して業務あるいはその補助手段に利用するのがむしろ通常と言いうる社会生活実態と社会認識が存在していたものである。給与所得者にとつて必然的な通勤行為における自家用乗用車の利用実態及びその不可避性は、国私鉄と同等あるいはそれ以上とも言い得るものであつて、とりわけ、ドーナツ化現象といわれる人口の大都市周辺部への拡散傾向の中で、大都市近郊に居住する給与所得者にとつて右必要性はより大きいものがある。

エ ところで、原告の本件自動車使用状況は、前述のとおり(一2(一)(1)ないし(5)参照)であり、とりわけ本件自動車を業務及び通勤に使用した割合を走行距離でみるならば、約六五パーセントと五〇パーセントを超えている。

また、原告が本件自動車を主として業務及び通勤に使用していることは、原告の業務内容が主に大崎事務所の外回り業務を担当し、かつ大崎事務所では原告が本件自動車使用期間を通じて、他に車の運転をなし得る者がおらず、更に大崎事務所では業務専用の自動車を保有していなかつたことから、同事務所の外勤業務の効率化を図る為、原告が本件自動車を使用してこれにあたることを期待もされ、要請されるに至り(現に昭和五〇年ころ以降ガソリン代実費を通勤手当とは別に支給されることとなつた)継続したこと、又現在の都市のスプロール現象からして、通勤圏の範囲が拡大され、神戸市内から比較的時間のかかる加古川市において、原告は両親らと同居して通勤することを余儀なくされていたこと、原告の当時の自宅から最寄りの山陽電鉄尾上駅までは、バスが二〇分に一本と比較的交通不便で、又山陽電鉄を有効に利用するにはダイヤの関係で同電鉄高砂駅まで出向くのが便利であつたこと、原告が使用した自動車は極く一般家庭に普及している大衆車であつたこと等々の諸事情を総合すれば、前記のような割合で業務及び通勤に原告が本件自動車を使用したことは、社会通念から見ても十分に是認せられるべきものである。

更に、自動車化社会と言われる今日、給与所得者が全区間あるいは一部区間通勤手段として自家用自動車を使用することは、とりわけ大都市周辺に居住する者にとつて、むしろ通常といい得る社会的背景(その詳細は前項ウ参照)を考慮すれば、本件自動車は「収入を得るために用いられる資産」に該当する。

したがつて、本件自動車の譲渡損失については法六九条一項に基づき損益通算を認めるべきである。

3  よつて、本件更正処分は違法であるから、原告は請求の趣旨記載のとおりの判決を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1項の各事実は認める。

2  同2項について

(一) (一)(1)ないし(5)の各主張は争い、同(6)のうち原告が昭和五一年七月ころ本件自動車を運転中に中央分離帯に衝突させる自損事故を起こしたこと、その際、本件自動車のバンパー、ラジエータ及びエンジンを破損したこと(ただし破損の程度は別。)、原告は本件自動車を修理すれば従前どおり直せるものの相当な修理代がかさむことから廃車にしようと考えたこと、事故を起こした本件自動車を製鋼原料販売業者豊田勝義に三〇〇〇円で売却したことは認め、その余は否認又は争う。

(二) (二)ないし(四)の各主張は争う。

3  同3項の主張は争う。

三  被告の主張

1  原告は、本件自動車について生じたという二九万七〇〇〇円の損失は譲渡損失であるとして、法六九条一項の適用を求めているが、右損失は、譲渡損失ではなく、滅失損(法五一条一項参照)と呼ばれる、いわゆる狭義の資産損失(法五一条が規定する原因による資産損失)に該当するものというべきであつて、法六九条一項の適用は全く問題とならないものである。

(一) 原告が本件自動車を売却するに至つた経緯等は以下のとおりである。

(1) 原告は、本件自動車を譲渡する少し前である昭和五一年七月ころ、神戸市須磨区内の道路上において、本件自動車を運転中、その運転操作を誤り、中央分離帯に同車を衝突させ、よつて同車の枢要部であるラジエータ、エンジンのほか、バンパーなどを破損させた。

(2) 原告は、このように同車が破損し、その修理には相当な代金を要するところから、同車を修理せず、廃車にしスクラップとして、スクラップ業者(豊田勝義)に三〇〇〇円で売却した。

なお、本件自動車の売買価額が三〇〇〇円との安い価額になつたのは、右のように、同車を廃車処分とし、スクラップとして、すなわち本件自動車の素材である鉄材の重量を基準として算定されたためである。

(3) その後、右豊田は、製鋼原料の販売やプレス加工等を目的とする兼正興業株式会社に対し本件自動車を四五〇〇円で転売した。

(4) 本件自動車に係る損失二九万七〇〇〇円は、その取得価額六〇万円から法三八条二項二号の規定に基づき算出した減価の額三〇万円を控除して算出した売却時の帳簿価額三〇万円と前記売買価額三〇〇〇円との差額である。

(二) 以上の事実から明らかなとおり、本件自動車は原告の起こした自損事故により破損してスクラップと化し、その時点において、既にその資産の価値は著しく減少していたものである。したがつて、本件自動車は、本件譲渡時においては、自動車としての価値は有しておらず、スクラップ(くず鉄)としての価値しかなかつたものであり、それゆえに三〇〇〇円との譲渡価額となつたものである。

このように、本件自動車の価値が減少し、同車に係る損失が原告に発生したのは、原告の自損事故により同車がスクラップ化(滅失)したためであつて、右損失は、譲渡による損失ではなく、滅失による損失(狭義の資産損失の一種)というべきである。

なお、このようにスクラップ化していた資産を譲渡した場合の損失の取扱いについては、事業用(法五一条一項)及び業務用(同条四項)の資産の場合においても、譲渡による損失とは取り扱わず、法五一条一項又は四項により規定される資産損失として取り扱い、それらの規定により必要経費に算入すべき当該資産に係る損失の金額として取り扱われている(所得税基本通達五一―四)。

(三) 原告は、本件自動車は単に素材としてのクズ鉄としての価値しか有しないスクラップとなつてしまつたものではない旨主張する(一2(一)(6)参照)。

しかしながら、本件自動車がスクラップと化したかどうかについては、単に自動車の運転機能や走行機能の有無のみならず、社会通念上自動車がその本来の機能を発現できるかどうかを考慮して決すべきであり、具体的には当該自動車の損壊した部位、程度、原状回復のために要する費用(修理費)の多寡及び廃車手続の有無並びに損壊した自動車の譲渡先、譲渡価額及びその算定基準、その後の利用状況などを総合して決せられるべきものであつて、原告の右主張は失当である。

(四) さらに、原告は、法五一条の解釈適用につき、当該資産の損壊による価値の減少の場合には、「その価値が減少した後、譲渡されることなく引き続き不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき事業の用に供される場合に限つて」、右規定は適用されるものである旨主張する(一2(二)(1)ウ参照)。

しかしながら、法五一条一項は「当該資産の損壊による価値の減少」を「滅失」に含む旨規定した上、「その損失の生じた日の属する年分の不動産所得の金額、事業所得の金額又は山林所得の金額の計算上、必要経費に算入する。」旨定めているのであつて、当該資産の右損失後の使用状況によつて何らその取扱いを区分していないのであるから、原告の右主張は同条の解釈として到底採用しえないものである。

(五) そうすると、本件自動車に係る損失は、いわゆる狭義の資産損失の一種であり、法五一条の適用はなく、また法六二条一項及び法七二条に規定する「災害」に該当しないこと明らかであるから、課税上何ら考慮する必要はなく、本件更正処分は適法である。

2(一)  次に、原告は、「保有資産の価値の増加益(減少損)は既にその資産の保有中に継続的に発生しており、ただそれを所得の計算上その資産が保有者の手を離れるときに把握することにしたに過ぎない。」として、仮に、本件自動車が三〇〇〇円という安い譲渡価格で売却されたのは、原告の自損事故による自動車としての資産価値の減少という要因があつたとしても、本件自動車の帳簿価額三〇万円と自損事故直前の同車の時価相当額一五万円との差額一五万円は譲渡損失の金額に相当すると主張する(一2(二)(2)参照)。

しかしながら、原告の右主張は、現行所得税法(三三条)の立場からは、到底採用し得ないものである。

すなわち、法三三条三項によると、譲渡所得の金額は、その年中の当該所得に係る総収入金額から当該所得の起因となつた資産の取得費及びその資産の譲渡に要した費用の額の合計額などを控除した金額とするとされており、そしてそこにいう「総収入金額」とは、当該資産の譲渡によつて実現した利得(譲渡価額)をいうものと解すべきところ、原告が主張する「自損事故直前の本件自動車の時価相当額」とは、その主張自体から明らかなように、自損事故による価値の減少がない状態で、かつ自動車販売業者に対し本件自動車を売却したと仮定した際の標準的な価額に過ぎず、本件自動車の譲渡によつて実現した利得ではない。

したがつて、右の時価相当額の基準として算定された「差額一五万円」が現行所得税法の規定する「譲渡損失」ではないことは明らかである。

(二)  また原告は、令二〇六条三項を引用して、狭義の資産損失における損失の金額は、当該損失を生じた時の直前における資産の価額(時価)と損失発生直後の価額(時価)との差額として把握されるとした上、本件自動車については、自損事故直前の同車の時価相当額一五万円と現実の譲渡価額三〇〇〇円との差額一四万七〇〇〇円が狭義の資産損失の金額に相当することになる、と主張する。

しかしながら、令二〇六条三項は、法七二条一項(雑損控除)の規定を適用する場合における損失の金額を定めているものであるところ、雑損控除においてはその資産を復元するための支出に具体的な担税力の減殺が認められる場合が多いことにかえりみ、原告主張のような時価ベースによる損失の金額を定めているものに過ぎず、狭義の資産損失における損失の金額の計算方法一般について定めているものではない。そして本件自動車の損失は、原告運転時に生じた自損事故による損壊に起因して生じたものであつて、法七二条(雑損控除)が予定する異常な原因による損失とは異なり、その資産の復元ないし再取得を保証する必要はないのであるから、本件自動車の損失の金額につき、令二〇六条三項のような計算方法を採用する理由は全くなく、原告の右主張は失当である。

なお、法は、所得の算定に当たつて、納税者が取得した経済的価値(収入金額)から原資の維持に必要な部分(売上原価等の必要経費や譲渡資産の取得原価など)を控除していることに照らすと、狭義の資産損失における損失の金額の算定に当たつては、その資産の取得原価(法三八条の規定を適用した場合にその資産の取得費とされる金額に相当する金額)を基礎とする、いわゆる原価ベース(令一四二条一号及び令二〇六条三項)によるのがむしろ原則であると解される。

したがつて、本件自動車の滅失による損失の金額は、その事故の生じた日の取得原価(いわゆる帳簿価額)三〇万円とその事故発生直後の同自動車の価額(時価)三〇〇〇円との差額二九万七〇〇〇円であると認められる。そして、本件自動車が譲渡されるに至つた経緯(前述)に照らすと、本件自動車の事故直後の価額はその譲渡価額三〇〇〇円と同額であると推認するのが相当であり、したがつてその「譲渡損失」は結局、零円となるため、本件自動車の譲渡損失は存在しない。

(三)  以上述べたように、原告の主張はいずれも失当であり、本件自動車についてはその譲渡による損失は存在しないのであるから、譲渡損失についての損益通算を求める本訴請求はその前提において理由がないと言うべきである。

3  仮に、右主張が認められなくとも、本件自動車の譲渡によつて生じた本件損失に関しては法六九条二項の適用により右損失は生じなかつたとみなされる。

(一) 自家用自動車の譲渡に関する所得税法上の取扱い

(1) 給与所得者が所有する自家用自動車は、その使用態様にかかわらず、法上は「生活の用に供する動産」として取り扱われる。すなわち、給与所得者は、雇用またはこれに類する原因により自己の危険と計算とによらず使用者の指揮命令に服して労務の提供を行うことに基づいて給与を取得するものであるから、その受ける報酬と対価関係に立つのは労務の提供のみであつて、本来、給与所得者は労務を提供するに当たつて、その有する資産を供することは予定されていない。したがつて、給与所得者が所有する自家用自動車は、消費生活のために所有する資産、すなわち、「生活の用に供する動産」に該当する。

(2) ところで、いわゆる「生活に通常必要な動産」の意義については、法上何らの定めがないので解釈によらざるを得ない。

この点、法九条一項九号及び令二五条によれば、「家具、じゆう器、衣服」等をもつて「生活に通常必要な動産」としているものと解される。

一方、令一七八条一項によれば、競走馬その他の射こう的行為の手段となるもの(同項一号)及び主として趣味、娯楽、保養又は鑑賞の用に供する目的で有するもの(同項二号)並びに一定額以上の貴金属及び書画こつとう等(同項三号、同令二五条)は、「生活に通常必要でない資産」に該当するものとして例示されている。

これらを総合すると、「生活に通常必要な動産」とは「家具、じゆう器、衣服」及びこれらに類似する生活用資産であつて、通常の社会生活を営むのに必要とされる資産をいうものと解すべきである。

(3) そうすると、給与所得者が、その所有する自家用自動車を譲渡したことによつて生じた所得は、これを生活の用に供していた時における使用の態様に応じて、次のとおり、二つに大別して取り扱うこととなる。

すなわち、自家用自動車を通勤のため毎日のように使用している場合、これは「生活に通常必要な動産」に属することとなり、その譲渡によつて生じた利益は、法九条一項九号の規定により非課税とされる。また、その譲渡によつて生じた損失は、法九条二項一号の規定により、ないものとみなされる。

他方、自家用自動車を主として娯楽用として使用し、臨時、買物、通勤等に使用している場合には、これは右にいう「生活に通常必要な動産」とはいえないので、当該自動車を譲渡したことによつて生じた利益は、法三三条に規定されるところの譲渡所得として課税の対象となり、更に、譲渡によつて損失が生じた時は、法六九条二項の規定により、当該損失は生じなかつたものとみなされるのである。ただし、法六二条の規定により、当該損失が災害等を基因として生じたものである場合は、他の譲渡所得から控除することができることになつている。

(二) 本件自動車の使用状況について

原告が所有していた本件自動車の使用状況は次のとおりである。

(1) 原告の通勤状況等

原告は、昭和四五年三月頃から神戸市兵庫区大開一〇丁目二番一四号所在の訴外税理士大崎克己事務所に勤務し、右訴外人より給与を支給されていたが加古川市尾上町所在の当時の自宅から、右勤務先まで山陽電鉄(電鉄高砂駅と阪急三宮駅間)を利用して通勤しており、右電鉄の乗車には定期乗車券を使用し、勤務先から当該乗車券の料金に相当する金額の通勤手当の支給を受けていた。

なお、原告は、時たま、電車通勤に代えて、本件自動車で通勤し、また、職務上の出張等に本件自動車を使用したことがあるのみであつて、本件自動車を職務の用に供したことはほとんどない。

(2) その他の使用状況

原告は、友人とドライブを楽しむために本件自動車を購入したものであり、本件自動車を主としてドライブなど娯楽の用に供することが多かつたものの、日常の買物等に本件自動車を使用したことはほとんどなかつた。

(3) 右のとおり、原告は本件自動車を主として娯楽用に使用していたことが認められ、本件自動車は、「生活の用に供する動産」には該当するが、令二五条にいう「生活に通常必要な動産」というまでに至らないものである。

(三) 以上のとおり、本件自動車の譲渡によつて生じた損失に関しては、法六九条二項の規定の適用があり、右損失は生じなかつたものとみなされ、被告が、原告主張の損失の損益通算を認めず、係争年分総所得金額を一三〇万六〇〇〇円であるとして更正した本件更正処分は適法である。

4  原告の主位的主張(一2(三))について

原告の主位的主張は、要するに、「生活用の資産」には、法九条二項一号、同条一項九号、令二五条の適用される「生活用動産」と法六九条二項、六二条、令一七八条一項の適用される「生活に通常必要でない資産」以外に、そのいずれにも属さず、法六九条一項の適用される資産が存在するとの見解を前提に、本件自動車は、生活用の資産ではあるが、法六九条一項の適用されるべき資産であるから、その譲渡損失には損益通算を認めるべきであるというものである。

ところで、本件自動車は生活用の「動産」に該当するところ、法は、以下に述べるように、生活用の動産について、法九条一項九号、同条二項一号、七二条の適用される「生活に通常必要な動産」(令二五条)と法三三条、六二条、六九条二項の適用される「生活に通常必要でない動産」(令一七八条一項一、三号)との二種類に区分しており、原告が主張するような法六九条一項の適用される生活用の動産は認めていないのであつて、原告の右主張が失当であることは明らかである。

(一) 生活用の動産の譲渡所得について

法三三条は、同条二項に掲げる所得を除き、資産の譲渡による所得(譲渡益)を譲渡所得として、所得税を課すことを定めているのに対し、法九条一項九号は、「自己又はその配偶者その他の親族が生活の用に供する家具、じゆう器、衣服その他の資産で政令で定めるもの」について、その譲渡による所得に所得税を課さない旨を定めている。

ところで、法九条一項九号の対象となる資産について、同号は、「生活の用に供する資産」と定めているのであるが、令二五条は、同号が家具、じゆう器、衣服を例示としている趣旨を踏まえて、「生活の用に供する資産」のうち、「生活に通常必要な動産」と規定し、しかも一個又は一組の価額が一定額を超える貴金属や書画、こつとうなどを除いている。

したがつて、生活用の動産の譲渡所得については、一定の貴金属や書画、こつとうなどを除く「生活に通常必要な動産」の場合は法九条一項九号が適用され、その他の生活用の動産の場合は法三三条が適用されるものと解せられ、法が生活用の動産を二種類に区分していることは明らかである。

なお、原告は、「請求原因」欄2(三)(2)アにおいて、「令二五条は列挙された貴石、書画等については、生活に通常必要といいうるものであつても一定額以上の高価品については、非課税扱いの対象から除外する点に意味のある規定である。」旨主張しているが、令二五条は、法九条一項九号において委任された同号の対象となる資産の範囲を、「生活に通常必要な動産」とする旨をも定めているのであり、原告の右主張は極めて一面的なとらえ方であつて、不当である。

また法九条一項九号の対象となる資産について、原告は、「請求原因」2(三)(2)アにおいて、「最低生活に必要な身の回り品的動産に限定されるべきである。」旨主張し、右原告の主張をより明確にして、最低限度の生活とは正に飢餓状況を意味し、本当に身の回りの品だけを意味するとの考えもある(証人北野弘久の証言参照)。しかし、法九条一項九号は「生活の用に供する資産」と規定しているのみであり、またその委任を受けた令二五条は「生活に通常必要な動産」と規定しており、原告らが主張しているような「最低限度の生活に必要な動産」とは規定していないのであつて、原告らが主張するような限定を加えるべき合理的理由は全くない。

さらに、原告は、「請求原因」欄2(三)(2)エ(ア)において、自家用自動車の用途、使用状況が、主として娯楽用であるか、通勤用であるかによつて「生活に通常必要な動産」か否かを把握するのは、現行法上その根拠を欠く旨主張し、被告の「被告の主張」欄3(2)の主張を批判している。しかし、令二五条にいう「生活に通常必要な動産」とは、前述のとおり、通常の社会生活を営むのに必要とされる動産をいうものと解するのが相当であるから、その判断に当たつては、当該動産の用途、使用状況等をも考慮し、そのような状況が通常の社会生活を営むのに必要であるか否かを判断することが必要不可欠であり、そして自家用自動車については、それを主として娯楽用に所有することはいまだ通常の社会生活を営むのに必要であるとまでは認められていないため、そのような場合には「生活に通常必要な動産」とはいえないのである。このように、被告の主張は現行法上その根拠を有するものであつて、原告の右批判は失当である。

(二) 生活用の動産の資産損失について

(1) 資産損失とは、資産の価値の全部又は一部の絶対的喪失で、時の経過と無関係に生ずるものをいい、その価値の喪失原因には、所有者の意思に基づく譲渡、取壊し、除却等により生じたものと所有者の意思に基づかない災害、盗難等により生じたもの(時の経過に伴つて生ずる価値の減少は含まない。)とが含まれる。

このような資産損失は、純資産の減少をもたらすものであるから、所得を純資産の増加及び減少としてとらえる限り、通常はその所得金額の計算上考慮されるべきではあるが、個人の所得の場合は、法人の所得と異なり、必ずしもそのすべてが所得を減少させるものではない。けだし、個人は、法人と異なり、所得の稼得主体としての側面を持つと同時に、所得の消費主体としての側面を有しており、その資産損失のなかには、所得の算定とは無関係な所得の処分あるいは家計上の支出ないし損失とみるべきものが含まれているからである。

(2) ところで、法は、生活用の動産の資産損失について、法九条一項九号、令二五条に規定する「生活に通常必要な動産(一定額を超える貴金属、書画等を除く。)」の場合は、譲渡損失についてはないものとみなし(法九条二項一号)、またその他の資産損失については、災害又は盗難若しくは横領による損失についてだけ、その一部を雑損控除としてその年分の総所得金額等から控除する(法七二条)旨を定め、他方、法六二条、令一七八条一項一、三号に規定する「生活に通常必要でない動産」の場合は、譲渡損失については、まず当該年中の他の資産の譲渡による譲渡益からその譲渡損失を控除し(法三三条三項本文括弧書き)、なお控除しきれないものは、競走馬について当該競走馬の保有に係る雑所得の金額から控除をする(令二〇〇条)のを除き、生じなかつたものとみなし(法六九条二項)、またその他の資産損失については、災害又は盗難若しくは横領による損失についてだけ、その年分又はその翌年分の譲渡所得の金額の計算上控除すべき金額とみなす(法六二条)旨を定めている。

ちなみに、事業用の資産の場合は、譲渡損失については、たな卸資産等(法三三条二項)以外の資産は、まず当該年中の他の資産の譲渡による譲渡益からその譲渡損失を控除し(法三三条三項本文括弧書き)、なお控除しきれないものは、譲渡所得の金額の計算上生じた損失として他の各種所得の金額から控除され(法六九条一項)、またたな卸資産等の譲渡損失は、事業所得等の金額の計算上、必要経費として控除し(法三七条一項)、なお控除しきれないものは、事業所得等の金額の計算上生じた損失として他の各種所得の金額から控除される(法六九条一項)。そして譲渡損失以外の資産損失については、その年分の事業所得等の金額の計算上、必要経費に算入する旨定められている(法五一条一項)。

そこで、このような法の諸規定に照らし、現行の資産損失制度について考察するに、法は、事業用の資産については、その資産損失はすべて控除すべきものとしているが、生活用の動産については、その資産損失が予期されない異常なもの(災害等による損失)であり、担税力を減殺するものであるときにのみ、その損失を控除すべきと考えているものと理解される。なお、法六二条、令一七八条一、三号に規定する動産の譲渡損失については、前記(1)で述べたように、法九条一項九号、令二五条に規定する以外の生活用の動産としてその譲渡益に課税していることを考慮し、譲渡所得の金額の計算上は控除することとしたものにすぎず、それゆえ、なお控除しきれないものについては、法九条一項九号、令二五条に規定する動産(その譲渡益は非課税である。)と同様に、その損失は生じなかつたものとみなしている。

(3) このように現行の資産損失制度においては、生活用の動産は、生活に通常必要なもの(令二五条)であれ、生活に通常必要でないもの(令一七八条一項一、三号)であれ、いずれにしても、その資産損失は所得の算定とは無関係な所得の処分あるいは家計上の支出ないし損失と認めて、課税上考慮しないこととし、それが予期されない異常なものであり、その動産の所有者の担税力を特に減殺していると認められる場合にのみ、特別に課税上の配慮を加えることとしているものと認めるのが相当である。したがつて、生活用の動産について、原告が主張するような法六九条一項の適用される資産を認めるのは現行法の解釈として到底不可能である。けだし、法六九条一項が適用されれば、その譲渡損失は、譲渡所得の金額の計算上控除されるばかりでなく、なお控除しきれなかつたものについては、他の各種所得の金額から控除されることとなり、結局、所得の算定とは無関係な部分についてまで課税上考慮してしまうこととなつて、不当であるからである。

また、原告の右主張が不当であることは、法六二条、令一七八条一項三号の文言からも明らかである。すなわち、令一七八条一項三号は「生活の用に供する動産で第二五条の規定に該当しないもの」と定めているのであるから、生活用の動産のうち、令二五条の適用される動産以外のすべてのものを意味していることは、その文理上、明らかである。

この点に関し、原告は、「請求原因」欄2(三)(2)イにおいて、令一七八条一項三号の規定する動産は、令二五条に該当しないもの、「つまり一定額以上の貴石、貴金属等、書画、こつとう美術工芸品を意味するものと解することができる。」旨主張している。しかし、令二五条は、前述したように、法九条一項九号の対象となる資産の範囲を、生活に通常必要な動産であり、かつ一定額を超える貴金属や書画、こつとうなど以外のものと定めているのであるから、その令二五条に該当しないものとは、一定額を超える貴金属や書画、こつとうなどの外に、そもそも生活に通常必要とは認められない生活用の動産が存在するのであつて、原告の右主張は失当である。

また、法九条一項九号、令二五条に該当しないすべての生活用の動産が法六二条、令一七八条一項三号に該当すると解するときは法三三条の規定する資産に該当する生活用の動産が無くなるとの見解がある(証人北野弘久の証言参照)が、法六二条、令一七八条一項三号の規定する生活用の動産は、前述したように、その譲渡益には法三三条が適用され、またその譲渡損失にも法三三条三項本文括弧書きが適用されるのであつて、何ら法三三条が無意味となるものではないから、右見解は失当である。

さらに、令一七八条一項に該当しない動産すべてが法九条一項九号の「生活用動産」に該当するとすると、ヨットやバイオリンなどの売却益にも課税しえないことになつて不合理であるとの見解がある(証人北野弘久の証言参照)が、右見解は、令一七八条一項三号に該当する動産は一定額を超える貴金属や書画、こつとうなどに限定するとの誤つた解釈に基づき生じた不合理にすぎず、論外である。ヨットやバイオリンなどは、仮にその動産の所有者の主観において生活に必要なものであつたとしても、いまだ通常の社会生活を営むのに必要とされる資産とは認め難いから、法九条一項九号、令二五条にいう「生活に通常必要な動産」には該当せず、したがつて法六二条、令一七八条一項三号で規定する「生活に通常必要とは認められない動産」に該当し、法三三条が適用されることとなるのである。

(三) 以上述べたところから明らかなように、法は、生活用の動産について、法九条一項九号、同条二項一号、七二条の適用される「生活に通常必要な動産(一定額を超える貴金属や書画、こつよう等を除く。)」(令二五条)と法三三条、六二条、六九条二項の適用される「生活に通常必要でない動産」(令一七八条一、三号)との二種類に区分しているのであつて、原告が主張するような法六九条一項の適用される生活用の動産は認めておらず、したがつて、生活用の動産の譲渡損失については、他の所得金額からその損失を控除する、いわゆる損益通算を認める余地は全くないのであり、原告の主位的主張が失当であることは明らかである。

5  原告の予備的主張(一2(四))について

原告の予備的主張は、要するに、個人が保有する有形固定資産は、法上、「収入を得るために用いられる資産」と「生活の用に供する資産」とに大別して取り扱われているところ、原告が保有する本件自動車は、給与所得についての「収入を得るために用いられる資産」であつて、「生活の用に供する資産」ではないから、その譲渡損失については、法六九条一項を適用して、損益通算を認めるべきであるというものである。

しかしながら、法は、以下述べるように、給与所得について「収入を得るために用いられる資産」との概念を認めておらず、給与所得者の所有する資産については、その使用目的や態様のいかんにかかわらず、「生活の用に供する資産」として取り扱つていることが明らかであり、原告の右主張は、法の解釈としては、到底採用し得ないものである。

(一) 法が、給与所得について、その収入を得るために用いられる資産が存在することを認めていないことは、以下のような規定からも明らかである。

(1) 譲渡所得の金額の計算について

法三三条三項は、譲渡所得の金額の計算について、総収入金額から取得費及び譲渡費用の額の合計額を控除し、その残額の合計額から譲渡所得の特別控除額を控除すべき旨を定め、そして法三八条は、譲渡所得の金額の計算上控除する資産の取得費について規定している。

ところで、法三八条二項によれば、譲渡所得の基因となる資産が家屋その他使用又は期間の経過により減価する資産(本件自動車はこれに該当する。)である場合については、その資産を取得した日から譲渡の日までに減価(磨損)した額を右取得費から控除しなければならないとされているところ、同項は、その減価した額の計算に当たつて、当該資産が「業務の用に供されていた期間」(同項一号)とそれ以外の期間(同項二号)とを区分し、その計算を異にしている。これは、当該資産が、業務(事業を含む。)の用に供されていた期間(原告が主張する「収入を得るために用いられる資産」として使用されていた期間に相当する。)と非業務すなわち生活の用に供されていた期間とでは一般に、その磨損の程度が異なることを考慮したものと考えられる。ちなみに、右減価の額の計算上、生活の用に供されていた期間の耐用年数は業務の用に供されていた期間のそれの一・五倍とされている(令八五条)。

このように、譲渡所得の基因となる資産の減価した額の計算においては、業務用(事業用)の資産として使用されていた期間と生活用の資産として使用されていた期間とでその取扱いを異にしているところ、法三八条二項一号が、右業務用(事業用)の資産として、「不動産所得、事業所得、山林所得又は雑所得を生ずべき業務の用に供されていた」資産のみを掲げ、「給与所得を生ずべき業務(労務)の用に供されていた資産」との概念を認めていないことは、その文理上、明らかである。すなわち、もし法が、原告の主張するように、給与所得についても、その「収入を得るために用いられる資産」が存在すると認めているのであれば、その資産は業務用(事業用)の資産の一種であり、不動産所得等の業務用(事業用)の資産と何ら異なるものではないから、譲渡所得の基因となる資産が給与所得を生ずべき業務(労務)の用に供されていた期間は法三八条二項一号の期間として規定する必要があると考えられるところ、法三八条二項一号はそのようには規定しておらず、したがつて法においては、給与所得者の使用していた期間は、その使用目的や態様にかかわらず、生活用の資産として使用されていた期間(法三八条二項二号)に該当すると認めているものと解するのが相当であり、結局、法は給与所得について「収入を得るために用いられる資産」との概念を認めていないと考えるほかはないのである。

なお、原告は、本件自動車について、不動産所得等の業務用資産と同様の資産として取り扱うべきであると主張していながら、法三八条二項の適用に当たつては、同項二号に規定する生活(非業務)に供されていた期間として計算した金額を取得費から控除する取扱いをしており、その取扱いは矛盾していると言わねばならないが、それらの取扱いのうち、後者の取扱いは、法三八条二項、令八五条一項に照らし適正であることは明らかであり、したがつて前者の取扱いこそが問題であると言うべきである。

(2) 資産損失について

資産損失には、資産の譲渡により生じたもの(譲渡損失)以外に、取りこわし、除却、災害、盗難等により生じたものが認められるところ、譲渡損失以外の資産損失については、法五一条、六二条、七二条などにおいて定められている。

ところで、法五一条は、一項において、「不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき事業の用に供される固定資産」などに関し、二項において「その事業の遂行上生じた」債権に関し、三項において「山林」に関し、四項において「不動産所得若しくは雑所得を生ずべき業務の用に供され又はこれらの所得の基因となる資産」に関し、それぞれ譲渡損失以外の資産損失(ただし、二項の債権については、法施行令一四一条に規定する事由による損失に、三項の山林については、災害、盗難等による損失に各限定し、また四項の資産については、災害、盗難等による損失を除いている。)の取扱いについて定めており、また法六二条は、「生活に通常必要でない資産」に関し、災害、盗難等による資産損失の取扱いについて定めている。そして法七二条は、「居住者又はその者と生計を一にする配偶者その他の親族で政令で定めるものの有する資産(六二条一項及び七〇条三項に規定する資産を除く。)」、すなわち「生活の用に供する資産」のうち「生活に通常必要でない資産」以外の資産及び法五一条四項に規定する資産に関し、災害、盗難等による資産損失の取扱いを定めている。

このような資産損失に関する諸規定を一覧すると、法は、有形固定資産(法二条一項一八号、法施行令五条、六条参照)を、事業用の資産、業務用の資産及び生活用の資産の三種類に区分し、事業用の資産に関しては法五一条一項を、業務用の資産に関しては法五一条四項及び七二条を、生活用の資産に関しては法六二条及び七二条をそれぞれ適用すべきものと考えているものと解せられるところ、給与所得者の所有する有形固定資産が事業用又は業務用の資産として認められていないことは法五一条一項、四項の各規定から明らかである。また、もし法が、原告の主張するように、給与所得についても、事業所得等と同様に、その「収入を得るために用いられる資産」が存在すると認めているのであれば、事業所得等と同様に、災害、盗難等以外の事由(譲渡損失を除く。)による資産損失の取扱いについても定める必要があると考えられるところ、法にはそのような規定はなく、したがつて法においては、給与所得者の所有する資産は、すべて生活用の資産として、その資産損失を取り扱つているもの(法六二条、七二条)と解するが相当であり、結局、資産損失に関しても、法は、給与所得について「収入を得るために用いられる資産」との概念を認めていないと言わざるを得ない。

(二) さらに、本件に則して以下に検討するように、給与所得及び事業所得の性質論からみても、法は給与所得につき「収入を得るために用いられる資産」の存在を認めていない。

すなわち、給与所得は、俸給、給料、賃金、歳費、年金、恩給及び賞与並びにこれらの性質を有する給与に係る所得をいうものと規定され(法二八条一項)、事業所得が、自己の危険と計算とにおいて、その事業に投下した総資産を運用した成果としての性質(資産勤労結合所得)を有するのに対し、自己の危険と計算とによらず、使用者の指揮命令に服して、専ら労務(非独立的労働ないし従属的労働)を提供したことの対価たる性質(勤労性所得)を有し、一般にはその労務に関する費用や資産は使用者において提供され、例えば労務の提供に必要な執務用具や通勤費、出張旅費なども使用者が支弁しており、その反面、その収入金額は雇用契約等に基づきおおむね定額であつて、事業所得のように、労務提供以外の支出が増収と結びつくことはないので、事業所得と同じ形態の経費や事業用の資産は考え難い。

これを本件自動車についてみるに、原告の使用者たる大崎克己は、原告に対し、通勤費や出張旅費を支給しており、また、その仕事の内容は、大崎事務所において事業用の自動車を保有せず、かつ原告以外の従業員は自動車の運転免許を有しないことなどに照らせば、本件のような自家用自動車を運転することが必ずしも必要であつたとは認め難く、加えて、原告の給与は、たとえ本件自動車をその仕事に使用していたとしても、それによつて増加したものではなく、また本件自動車を仕事に使用することは原告の雇用条件や使用者たる大崎の指示・命令によるものではないことなどを考慮すると、原告がその従属的労働を遂行するに際し、本来、本件自動車を使用する必要は全くなかつたことが明らかであり、したがつて仮に原告が本件自動車を通勤や出張に使用していたとしても、それは、自動車の運転自体が好きである原告個人の趣味、し好が少なからず反映しているものと認めることができ、事業用の資産と同じ性質の資産とは認め難い。なお、原告が本件自動車を購入した目的は自らが車の運転をしたいということであつて、いわば娯楽のためである。

このように、給与所得は、事業所得とはその性質が異なる所得であるから、法が、給与所得について、給与所得控除という特別の控除を認める反面、「収入を得るために用いられる資産」の存在を認めていないことは、十分に合理性を認め得ることである。

(三) 以上述べたように、本件で問題となつている譲渡損失に関連する譲渡所得の金額の計算方法及び資産損失制度の観点から、さらに給与所得・事業所得の性質論の観点から考察しても、法は、給与所得者の保有する資産について、事業所得者の保有する事業用(業務用)資産(原告主張の「収入を得るために用いられる資産」に相当する。)の一種としてではなく、生活用資産(「生活の用に供する資産」)として取り扱つていることが明らかであり、したがつて、給与所得者たる原告が所有する本件自動車の譲渡損失の損益通算についても、生活用資産として取り扱うのが相当である。

四  被告の主張に対する原告の反論

1  被告の主張4に対する反論

(一) 被告は、法は生活用の動産について法九条一項九号、同条二項一号、七二条の適用される「生活に通常必要な動産」(令二五条)と法三三条、六二条、六九条二項の適用される「生活に通常必要でない動産」(令一七八条一項一、三号)との二種類に区分しており、法六九条一項の適用される生活用動産は認めてないと主張する(以下この考え方を適宜「二区分説」ともいう。)が、すべての生活用動産が右の二種類に区分されるとした条項は実定法のどこにも存在しない。被告が二区分説の根拠として解釈論を展開している前記各条項は、いずれも譲渡所得(損失)に関する原則規定である法三三条一項の適用除外条項にすぎず、被告の二区分説は右原則規定を看過した解釈論である。そのため、被告の見解によれば、個人が事業用に供する自家用自動車が譲渡された場合、譲渡所得が生じれば課税され、譲渡損失が生じれば損益通算が認められるのに反し、給与所得者が所有する自家用自動車の譲渡損失については、生活の用に供する動産として「生活に通常必要な動産」であれ「生活に通常必要でない動産」であれ、いずれにしても損益通算は認められないことになり、まことに不公平、不合理な差別的取扱いと言わざるを得ない。

(二)(1) 法は生活の用に供される資産の譲渡損失についての譲渡所得に関する原則規定の適用除外条項として、法九条二項一号、同条一項九号、令二五条において規定する「生活用動産」に係るものと、法六九条二項、六二条、令一七八条一項において規定する「生活に通常必要でない資産」に係るものの二つを規定している。

この二つの適用除外条項は、一般的に担税力の減殺要素である譲渡損失を課税上配慮しないとするものであつて、納税者に不利益をもたらす規定であり、ことに、「生活に通常必要でない資産」については、譲渡所得については損益通算を認めず、また雑損控除の対象よりも外されるなど徹底して税法的保護が認められない資産である。したがつて、憲法の応能負担の原則及び租税法律主義の要請からその解釈は厳格にされなければならない。

(2) 被告は、令二五条は法九条一項九号の対象となる資産の範囲を「生活に通常必要な動産」とする旨をも定めたものであると主張し、その範囲を広く解釈している。法九条一項九号は憲法二五条で国民の健康で文化的な最低限の生活を保障する法意を受けてそのような最低限の生活を維持するに不可欠な動産を譲渡して所得が生じたとしてもその所得の性質上課税することが適当でないとするものである。もともと、生活を維持するに不可欠な動産であるところから譲渡される場合はまれであり、仮に譲渡されても再調達のための支出を余儀なくされる資産である。また、対価を得るために譲渡されるのは、いわゆる筍生活で売り食いの状態にあるといえる。

そして譲渡所得に課税しないこととの関係において、法九条二項一号で譲渡損失が生じたとしても考慮しないとしたに過ぎないものである。被告の主張では、この点が全く看過され、そのため被告は、法九条一項九号に規定する資産の譲渡所得がなぜ非課税所得とされたのか、なぜ譲渡損失についてはないものとみなされるのかの説明ができない。これでは「生活に通常必要な動産」の範囲を具体的に確定し得ず、実務の扱いにおいて恣意的にならざるを得ない。納税者の立場からすれば、家具、じゆう器、衣服、一定額以下の貴金属等以外にどのような動産が含まれるのか判然とせず、課税上の保護を受ける機会を失するおそれがあり、租税法律主義の要請に反する解釈である。

(3) 法九条一項九号の資産の範囲は最低限度の生活を維持するに不可欠な動産に限られるのであつて、その範囲は国民生活のレベルの向上に伴う変遷は考えられても納税者の職業、社会的地位等によつて異なるものではない。非課税所得としての利益はその性質上すべての納税者に対し同一の基準でもつて保障されるのは当然のことである。

ところが、被告は「通常の社会生活を営むのに必要とされる動産」をいうと主張する。「最低限度の生活に必要な動産」という限定を加えるのは不当であるとする被告の立場からすると(なお、法令の上位にある憲法に基づき法令に限定的な解釈をすることは何らの不合理なことでない。)、「通常の社会生活」というのは、より高い生活レベルを考えているようであるが、どのあたりの階層の生活レベルを考えているか不明である。その意味でも実務の扱いにおいて恣意的にならざるを得ないし、納税者の社会的地位によつては非課税所得の利益が受けられたり受けられなかつたりするおそれがある。

(4) 更に、被告は生活に通常必要な動産か否かの判断に当たつては、当該動産の用途使用状況等を考慮すると主張するが、例えば、自動車のように事業用にも非事業用にも生活用にも非生活用にも通勤用にもドライブ用にもおよそあらゆる用途に使用できる動産について、逐一その用途、使用状況等を把握して非課税資産かどうか判断するのは不可能である。そこで、被告は主として趣味・娯楽等に供するためのものであるか否かを重視するが、被告は趣味・娯楽ということとぜいたく品ということを混同している。趣味・娯楽という要素は、社会生活を営むうえで必要不可欠なものであり、趣味・娯楽に供する資産のすべてがぜいたく品というわけではない。令一七八条一項に規定する「生活に通常必要でない資産」について、譲渡損失や資産損失について担税力の減殺要素として課税上の保護をしないのは(法六九条二項、七二条)、ぜいたく品であるからである。単に趣味・娯楽に供したからというのではない。

(5) 被告は、令一七八条一項三号に規定する動産の範囲を、一定額を超える貴金属や書画、こつとうなどの外に、およそ生活に通常必要とは認められない生活用の動産を含める。もし被告のような趣旨であれば、令一七八条一項三号において法九条一項九号に該当しない生活の用に供する動産と定めれば足りるのであつて、わざわざ令二五条のみを援用する必要はない。

また、令一七八条一項三号について法九条一項九号、令二五条の裏返しの解釈をするため、その資産の範囲については、法九条一項九号のところで批判したと同じようにこれを具体的に確定し得ず、実務において恣意的な扱いにならざるを得ない。

また、被告主張のようにひろく「生活に通常必要とは認められない生活用動産」をも含める解釈は、その譲渡所得には課税され、譲渡損失については損益通算が認められず、雑損控除も認められないという徹底した税法的保護を認めない資産を広範囲に認めることになる。そうすると、譲渡損失や資産損失についてなぜ生活の用に供する動産だけ特に不利益な扱いにするのか合理的な説明ができない。合理的な根拠や理由もなく納税者に一方的な不利益をもたらす解釈は、租税法律主義、応能負担の原則の要請に反する違法な拡張的解釈である。

(三) いずれにしても、被告主張の二区分説は、各適用除外条項の法的意味・範囲を具体的に確定しえないため、実務において恣意的扱いにならざるを得ず、租税法律主義に基づく法的安定性の要請に応えられないばかりか、憲法の応能負担の原則の趣旨にも悖るものである。

(四)(1) 被告の主張では、生活の用に供される資産の譲渡損失については、他の資産と対比して不利益な扱いをすることになるため、これを糊塗するため資産損失を持ち出し、生活用の動産は、生活に通常必要なものであれ、生活に通常必要でないものであれ、その資産損失は所得の算定とは無関係な所得の処分あるいは家計上の支出ないし損失と認めて課税上考慮しないこととし、それが予期されない異常なものであり、その動産の所有者の担税力を特に減殺していると認められる場合にのみ、特別に課税上の配慮を加えることにしたものである旨主張する。

(2) しかし、法の資産損失規定の構造は、被告の主張を裏付けるものとはなつていない。

法が資産損失について特段の規定を設けているのは、それぞれの資産損失について規定を設けるだけの必要性があるからである

事業用の固定資産の譲渡損失以外の資産損失について法五一条一項の規定を設けたのは、事業用の資産については、費用配分の原則から減価償却費の必要経費への算入が認められているが、取りこわし等によつて臨時の償却が必要になつた場合に当該年度の必要経費への算入が認められるか否かについて法三七条の必要経費への一般規定からだけでは必ずしもその取扱いが明らかではないため、特に規定をおいたものである。

生活用の動産の所有者の意思に基づく取りこわしや除去については、事業用の資産のように新技術の発明等による急激な陳腐化などによる機能的減価のため取りこわしや除去を余儀なくされる、というわけではなく、所有者の意思に基づき損失が生じたとしても課税上何ら考慮する必要がない。また生活用動産が滅失する場合は、本来の耐用年数が経過した場合がほとんどであり、わざわざ資産損失の規定を設ける必要がない。いずれにしても生活用動産の資産損失について規定がないのはその必要がないからである。

生活用の動産の災害等の損失について、一定額を超える損失についてのみ雑損控除を認めたのは、あまり少額な損失についてまで控除するのは手続的に煩瑣だからである。一定額を超える場合であれば、その超える部分は全て控除の対象になるのであつて、ことさら事業用の資産と比べて不利益に扱つているものではない。

法が生活用の資産の資産損失について特段の規定を設けているのは、法六二条、六九条二項、七二条においてであり、いずれの規定も「生活に通常必要でない資産」についてのものであり、ぜいたく品について特段の規定をおいて課税上の保護を拒否しているのである。したがつて、生活用の動産についてその資産損失について規定がないのは、そもそもその必要がないからであつて所得の算定とは無関係な所得の処分あるいは家計上の支出ないし損失ということとは必ずしも関係しない。

まして、税法上、譲渡損失は資産損失とその扱いが異なり法三三条一項の資産の範囲は、同条二項の資産を除けば無限定のものであり、法五一条においても譲渡による損失は適用を除外しているのである。資産損失のように資産の用途で扱いを区別していない。また、資産損失は一般に資産価値の絶対的損失であるが、譲渡損失はそうでない。したがつて資産損失と譲渡損失を同一レベルで議論するのはそもそも誤りである。

(3) 法が一般資産に該る生活用の資産の譲渡損失について格別の規定を設けていないのはその必要がないためであり、かえつて譲渡所得に関する原則規定である法三三条、六九条一項により処理するためである。

生活用の資産であつても譲渡所得があれば、課税されるものについて譲渡損失があつた場合に担税力の減殺要素となるような資産について課税上の保護を与えるべき応能負担の原則から当然であり、所得の算定とは無関係な部分についてまで課税上考慮してしまうという批判は的はずれである。

このことは、個人の所有する居住用の不動産を考えれば明らかである

居住用の不動産を譲渡して損失が生じた場合、所得の算定とは無関係な所得の処分等として法六九条一項の適用を認めないなどとは扱われていない。当然に法六九条一項の適用がある。動産と不動産とでは、譲渡所得の扱いを異にする理由は全くない。

2  被告の主張5に対する原告の反論

(一) 被告は、現行所得税法上、給与所得者の所有する資産についてはその使用目的・態様の如何にかかわらず「生活の用に供する資産」として取扱つているとして、給与所得につき原告の主張する「収入を得るための資産」なる概念を批判し、現行所得税法の解釈としては到底採用し得ないものと結論づけている。

しかしながら、被告の右主張は以下に述べるとおり独自の見解といわざるを得ない。

(二) 譲渡所得の金額の計算に関する法三八条二項について

(1) 法三八条は、譲渡所得の金額の計算上控除する取得費に関する規定であるが、その二項において、譲渡所得の基因となる資産がその使用又は期間の経過により減価する資産である場合には、その資産の取得の日から譲渡の日までに減価した額を、期間の区分に応じて、控除することとしている。そして、同項は、一号及び二号を置いて期間を区分しているのであるが、被告は、この一号を「業務の用に供していた期間」、二号を「それ以外の期間」すなわち「生活の用に供されていた期間」の規定と解している。

被告は、右のような解釈を前提として法三八条二項一号が、「その資産が不動産所得、事業所得、山林所得又は雑所得を生ずべき業務の用に供されていた」とのみ規定され、「給与所得を生ずべき業務の用に供されていた」との規定が存していないことから、法は、給与所得については、「その収入を得るために用いられる資産」の存在を認めていないのだと言うのである。すなわち被告は、もし法が、給与所得につき、「その収入を得るために用いられる資産」が存在すると認めているのであれば、その資産は業務用の資産の一種であるから、譲渡所得の基因となる資産が給与所得を生ずべき業務の用に供されていた期間は法三八条二項一号の期間として、規定されているべきであるのに、法三八条二項一号にはその旨の規定は存在せず、従つて、法は、給与所得については、「その収入を得るために用いられる資産」なる存在を認めてはいないと結論づけている。

(2) しかし、被告の法三八条二項に関するこの解釈は、その前提において大きな誤りを犯すものである。

被告は、一号を「業務の用に供されていた期間」と解し、二号を「非業務すなわち生活の用に供していた期間」と解することを前提として、前述のような解釈を展開しているものである。

ところが、法三八条二項一号は、一般的に「業務の用に供されていた期間」とは規定していない。同号は「その資産が不動産所得、事業所得、山林所得又は雑所得を生ずべき業務に供されていた期間」とのみ規定され、又、二号も「前号に掲げる期間以外の期間」と概括的に規定され、決して「生活の用に供していた期間」と規定されてはいない。すなわち、その文理上からも明らかなように、一号は、不動産所得、事業所得、山林所得及び雑所得の場合に限定し、これらの所得を生ずべき業務の用又は事業の用に供されていた期間を譲渡所得の全額の計算上控除する取得費を算出すべき基礎とする旨を規定したものである。

二号は、一号以外の用に供された期間について規定したものであつて、これには生活の用に供していた期間のみならず一号に右のような不動産所得等に限定された以外の業務の用に供していた期間も当然に含まれると解するのが相当である。したがつて、譲渡所得の基因となる資産が給与所得を生ずべき業務の用に供されていた期間は、法三八条二項二号に当然に含まれるのであり、つまりこのことは、逆言すれば、給与所得について、「その収入を得るために用いられる資産」に関して、法がその存在を当然に予定していると言える。よつて被告の、法三八条二項に関する主張は、誤つた前提に立つた独自の解釈と言わざるを得ない。

(三) 資産損失及び雑損控除について

(1) 法五一条は、譲渡損失以外の資産損失を必要経費として算入するための特別規定である。確かに、給与所得者の「収入を得るために用いられる資産」に関しては、法五一条に規定するように、資産損失を必要経費に算入すべき直接的な明文規定は存しないといえる。しかし、このことから、直ちに法上給与所得については、その「収入を得るために用いられる資産」が存しないという結論に結びつくものではない。むしろ、法が給与所得者の「収入を得るために用いられる資産」について、法五一条に該当する規定を置いていないのは、これの必要性が存しないためである。

(2) 法五一条一項は、「不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき事業の用に供される固定資産」などについて、「取り壊し、除却、滅失」等により生じた損失の金額を、各所得金額の計算上、必要経費に算入する旨を定めたものである。この規定は、事業用の資産が新技術の発明等によつて陳腐化し、収益性を回復するために「取り壊し」や「除却」を余儀なくされた場合に、その臨時の償却費を当該年度の必要経費へ算入する必要が存するため特に置かれたものである。

ところで、給与所得者が、「その収入を得るために用いる資産」(例えば本件のマイカー)について、収入を増やすために自らの意思でこれを「取り壊し」たり「除却」する必要性が存するであろうか。そのような必要性の全く存しないことは明白である。又、事業用資産については、使用方法や頻度によつて耐用年数内に滅失し(法五一条の「滅失」にあたる。)、これの未償却残額を必要経費へ算入すべき事情の発生が予想されるのであるが、給与所得者が、収入を得るためにその保有する資産を用いる場合には、このような耐用年数内に滅失(スクラップ化)することは稀有である。したがつて、給与所得者の「収入を得るために用いる資産」に関して、法五一条のような規定が存しないのは、その必要性がないから、むしろ当然なのであつて、被告が主張するように、給与所得者には「収入を得るために用いられる資産」なる概念を法が認めていないからでは決してないのである。

(3) 又、被告は、災害、盗難等による資産損失が生じた場合の取扱に関し、給与所得者の「収入を得るために用いる資産」には、事業用の資産と異なり明文の規定が存しないとして、「収入を得るために用いる資産」を法は予定していないと批判する。

しかしながら、被告のこの点に関する批判は法七二条の解釈を誤つたものと言うほかない。法七二条は、「居住者又はその者と生計を一にする親族の有する資産(六二条一項及び七〇条三項に規定する資産を除く。)について、災害、盗難、又は横領による損失が生じた場合において、その年の損失額の合計額が一定の限度額を越えるときには、その越える部分の全額を、その者の総所得金額から控除(雑損控除)する」と規定し、文理上からも給与所得者の「収入を得るために用いられる資産」について、同条が当然に適用されるものと解される。ところが被告は、法七二条を「生活用の資産」(但し生活に通常必要でない資産を除く。)及び法五一条四項に規定する資産(不動産所得又は雑所得を生ずべき業務用資産)に関してのみ適用のある規定と解し、給与所得者の「収入を得るために用いられる資産」については適用がないとするのであるが、文理上、このように限定して解さなければならない理由は何ら存しないのである。

法七二条は、災害等の理由で担税力を減少もしくは軽減した者に対する救済を法意とする規定であるが、給与所得者の「収入を得るために用いられる資産」に関し、同法の適用がないとすれば、災害、盗難等によつて損失が生じても給与所得者のみは、税法上の救済措置を享受できず過重な負担を負う結果となり、法の下の平等を宣言した憲法一四条に違反することになると言わざるを得ない。

(四) さらに、被告は、給与所得の性質から給与所得に関しては、「収入を得るために用いられる資産」の存在を否定する結論を導いている。

しかしながら、被告の右主張は第一に、通勤行為と労務提供の密接不可分な関係を看過している点に大きな誤りがあり、第二に給与所得者にとつては労務提供以外の支出が増収に結びつくことがないとする点で誤解がある。右第一点については、「請求原因」欄2(四)(6)アに述べたとおりである。そこで右第二点につき、以下のとおり反論する。

被告は、給与所得者が自己の所有する「収入を得るために用いられる資産」を労務に関して提供することは一般的にあり得ないと主張するが、今日の社会において、給与所得者が自己の所有する資産を職務遂行上使用する例は多数存在し、又このような給与所得者の資産提供により、職務がより円滑迅速に遂行されていることは何人も否定し得ないところである。被告のこの点に関する主張は、あまりに形式的、教条的な論理の展開と言わざるを得ない。

また、被告は給与所得者が収入を得るためにその保有する資産を用いるとしても、この使用によつて、給与所得の増加をもたらさないから、事業用資産と同等に取扱う必要はないとする。しかし、事業用資産にあつても、事業所得の増加と直接に結びつかない資産が存在することは被告もこれを否定し得ないであろう。

しかも又、原告が「収入を得るために用いられる資産」という場合には、必ずしも給与所得の増加を要件としているのではない。給与所得者が、その職務を遂行するに際して、自己の資産を提供し、この資産の使用が職務遂行上全体として有効かつ合理的になされている場合には、この資産の利用は、給与所得者が「収入を得るため」用いたものと言いうるのである。

被告は、「収入を得るために用いられる資産」について、「収入の増加」をいう必要なる要件と考えているようであるが、この点は右に述べたように、給与所得者が給与所得を得るために職務を遂行している状況を総合的に見て、自己の保有資産をこの職務遂行に供している事実が存すれば、「収入を得るために用いた」と言い得るのであつて、被告のこの点の主張は、的はずれというしかないものである。

(五) 以上のとおり、法が給与所得者の保有する資産について「その収入を得るために用いられる資産」を認めているものと解すべきは明らかであり、そのように解することこそが公平かつ合理的な税負担を実現するのに必要である。被告のこれに反する主張は理由がない。

五  原告の反論に対する被告の反論

1  四1の原告の反論について

(一) 同項における原告の主張の基盤には、譲渡損失は一般に担税力の減殺要素であるから、本件自動車のような「生活の用に供する動産」(以下適宜「生活用の動産」ともいう。)の譲渡損失にあつても、原則としてその損益通算を認めるべきであるという見解が存するものと思われる。

しかしながら、生活用の動産の譲渡損失については、三4(二)において詳述したように、所得の算定とは無関係な所得の処分あるいは家計上の支出(経費)ないし損失と認めるのが相当であるから、本来的には、その損失を所得から控除すべきでなく、原告の主張はその根本において失当である。

(1) 生活用の動産の譲渡損失が所得の任意的処分としての性質を有することについて

個人には、所得の稼得主体としての側面と同時に、所得の消費主体としての側面があるところ、生活用の動産は、本来、その消費生活を営むための資産である。すなわち、生活用の動産は、生活に通常必要なものであれ、通常必要でないものであれ、いずれにしても、その運用によつて所得を発生せしめることを目的とした資産ではなく、消費生活において利用するために、所得を処分して得た資産であつて、いわば所得の代替物にほかならない。

他方、譲渡損失は、譲渡という所有者の意思に基づく任意の処分に起因してたまたま生じた臨時的損失であつて、当該資産の所有者の意思に基づく取りこわしや除却などによる資産の損失と何ら異なるところがない。

したがつて、生活用の動産については、その取りこわしや除却などが所得の任意的処分として課税上何ら考慮する必要がない(このことは、原告においても、四1(四)で認めているところである。)のと同様に、その譲渡損失についても課税上何ら考慮する必要がないのである。

なお、原告は、四1(四)(2)において、生活用動産が滅失する場合は、本来の耐用年数が経過した場合がほとんどであり、わざわざ資産損失の規定を設ける必要がない旨主張しているが、本件自動車は、原告がその運転中に事故を起こして破損した、いわゆる事故車であるところ、事故による自動車の破損が大きく、同自動車がスクラップと化していれば、それは同自動車が滅失したことにほかならず、またそうでなくとも、同自動車の廃車手続きがなされると、それは除却処分がなされたものと解することができるのであつて、生活用の動産についても、譲渡損失以外の資産損失(その意義については、三4(二)(1)を参照)が生じうるのである。ところが、法はそのような資産損失については課税上何ら考慮していないのであり、そして原告においてもそのような法の措置を是認していることは前述したとおりである。にもかかかわらず、原告は、譲渡損失についてはこれを所得から控除すべきである旨主張しているのであるが、そのような措置は、所有者(納税者)が任意の処分のいずれを選択するか(廃車か譲渡)、またその事故によつてその自動車が滅失したか否かなどの偶然的要素によつて、その自動車の損失についての課税上の取扱いを異にするものであり、極めて不合理な措置であつて、到底採用しうるものではない。

(2) 生活用の動産の譲渡損失が家事上の支出(経費)ないし損失としての性質を有することについて

譲渡所得の金額は、当該所得に係る総収入金額から当該所得の起因となつた資産の取得費及びその資産の譲渡に要した費用の額の合計額などを控除した金額とする旨規定され(法三三条三項)、さらに使用又は時の経過により減価する資産の取得費については、その資産の取得に要した金額など(法三八条一項)からその資産の保有期間中の減価償却費の累積額ないし減価の額を控除して計算すべきものと規定されている(法三八条二項)ところ、その減価償却費又は減価の額は、法定の耐用年数・残存価額を基礎とし、法定の償却方法により、機械的・画一的に計算されることとなつている(法四九条並びに令一二〇条ないし一三六条及び八五条)。

したがつて、譲渡損失とは、右のように機械的・画一的に計算されたその資産の減価の額より以上に、当該資産の価値が減少していたために、その資産の譲渡価額が右のようにして計算された取得費等の金額にも満たなかつた場合に生ずるものということができ、そしてそのように、当該資産の価値が法定の減価の額より以上に減少した原因は、主として、その資産を保有し、使用してきたことにあることは明らかである。

すなわち、生活用の動産の譲渡損失は、主として、その動産が、取得後譲渡されるまでの期間、その所有者によつて保有され、消費生活において使用されてきたことに起因して、その動産の価値が法定の減価の額より以上に減少したために発生したものと認めることができるのであり、したがつてその譲渡損失は家事上の経費ないし損失としての性質を強く有しているのである。

なお、そのような家事上の経費が所得の算定において控除すべきものでないことは、法四五条一項一号の趣旨から明らかである。

(3) ところで、原告は、四1(一)において、「被告の見解によれば、個人が事業用に供する自家用自動車が譲渡された場合、譲渡所得が生じれば課税され、譲渡損失が生じれば損益通算が認められるのに反し、給与所得者が所有する自家用自動車の譲渡損失については、生活の用に供する動産として『生活に通常必要な動産』であれ『生活に通常必要でない動産』であれ、いずれにしても損益通算は認められないことになる。まことに不公平、不合理な差別的取扱いと言わざるを得ない。」旨主張しているところ、いかなる点が「不公平、不合理な差別的取扱い」というのかは必ずしも定かでないが、もしそれが事業用の動産と生活用の動産とにおける譲渡損失の取扱いの差異を指しているものであるならば、原告の右主張は生活用の動産の譲渡損失についての前述したような性質を看過したものであつて、明らかに失当である。

すなわち、事業所得はその事業に投下された総資産の運用の成果として考慮されるべき性質の所得(資産勤労結合所得)であり、したがつて事業用資産の譲渡損失が発生している場合には、本来、その総資産の運用によつて得た総収入金額からその譲渡損失の額を控除した後における純資産の増加額を事業所得として把握すべきものである。しかし、事業用資産に譲渡益が生じた場合、その所得は従前の保有期間の値上がり益が譲渡時に一時に顕現されたものであるから、これについては累進税率を緩和する必要があると共に、事業税の調整、特別控除額の問題等課税技術上の問題もあつて、事業所得とは分離し、別の譲渡所得としてとらえ、課税することとしている。そしてそのように事業用資産の譲渡益を譲渡所得として課税することとの関係から、法においては、事業用資産の譲渡損失を、まず譲渡所得から控除することとし、それによつても控除できない損失は事業所得等の他の所得との損益通算を認めることにしたものである。

これに対し、生活用の動産は、その譲渡によつて一時的に譲渡所得を発生させることがある場合を除けば、その資産の運用によつて所得を発生させることはなく、またその損失は、前述したように、所得の任意的処分又は家事上の経費ないし損失と認めるべきものである。

このような事業用の動産と生活用の動産との譲渡損失の性質の相違を考慮すると、事業用の動産の譲渡損失につき損益通算を認め、生活用の動産のそれについては損益通算を認めないとの取扱いこそが公平かつ合理的なのであつて、原告の前記批判は失当である。

なお、原告の右主張が事業所得者と給与所得者との間の不公平を論ずる趣旨であるならば、事業所得者の生活用の動産については、給与所得者の生活用の動産と同様の取扱いをしているのであるから、何ら不公平な取扱いでないことは論ずるまでもないところである。

(4) 以上述べたように、生活用の動産の譲渡損失は、事業用又は業務用の資産の譲渡損失とは異なり、所得の算定とは無関係な所得の処分又は家事上の支出(経費)ないし損失とみるべきものであつて、本来的には、その譲渡損失は所得の算定において考慮すべきものではないのである。

それゆえ、法九条一項九号、令二五条に規定する「生活に通常必要な動産」については、その譲渡損失は所得金額の計算上、これをないものとみなしているのである(法九条二項一号)が、このことは、かかる動産の譲渡所得には所得税を課さない(法九条一項九号)こととも均衡がとれている。

これに対し、「生活に通常必要な動産」以外の生活用の動産については、その譲渡所得は、事業用の資産などと同様に、所得税を課する(法三三条一、二項)こととなるため、その譲渡損失についても、譲渡所得の金額の計算の範囲内においては特にこれを考慮する(法三三条三項本文括弧書き)こととしたが、しかしながら、本来的には、「生活に通常必要な動産」の譲渡損失と同様に、所得の算定において考慮すべきものではないから、当該年中の他の資産の譲渡による譲渡益から控除しきれなかつた損失部分は、これを生じなかつたものとみなしている(法六九条二項。なお、競走馬の譲渡損失については令二〇〇条参照)のである。

このように、生活用の動産の譲渡損失は、所得金額の計算上これを控除すべきものではないのであつて、その損失につき、他の所得との損益通算を認めないことは当然であり、冒頭に述べた原告の主張はその基本的認識において誤つているものと言わねばならない。

(二) 原告は、四1(二)において、法九条一項九号は憲法二五条で国民の健康で文化的な最低限の生活を保障する法意を受けてそのような最低限の生活を維持するに不可欠な動産を譲渡して所得が生じたとしてもその所得の性質上課税することが適当でないとするものであり、したがつて、法九条一項九号の資産の範囲は最低限度の生活を維持するに不可欠な動産に限られ、また令一七八条一項に規定する「生活に通常必要でない資産」について、譲渡損失や資産損失について担税力の減殺要素として課税上の保護をしないのは(法六九条二項、七二条)、ぜいたく品であるからである旨主張し、被告主張のように「通常の社会生活を営むのに必要とされる動産」か否かによつて、法九条一項九号、令二五条に規定される「生活に通常必要な動産」か、それとも法六二条、令一七八条一項三号に規定される「生活に通常必要でない動産」かを区分する立場では、「生活に通常必要な動産」及び「生活に通常必要でない動産」の各範囲を具体的に確定し得ず、実務の扱いにおいて恣意的にならざるを得ず、また納税者の社会的地位によつては非課税所得の利益が受けられたり受けられなかつたりするおそれがある旨批判している。

ところで、法九条一項九号の立法趣旨は、零細な所得を追求しないという執行上の配慮、「家庭用動産は、本来投資又は投機を目的として所有しているものではなく、通常の場合には、その購入価格または取得価額以上で売却できるのは、価格の一般的な変動以外には殆んど考えられない」といつた事情、あるいは減価する資産については、取得価額として売却代金から控除する″未償却残額″は、税法上画一的に定められた耐用年数により計算されるため、その″譲渡益″はたまたま計算上生み出された利益に過ぎないという面があること、生活上の節約について所得として課税する結果ともなりかねないことにあるところ、令二五条は、その非課税資産の範囲につき、一定額を超える貴金属や書画、こつとうなどを除く「生活に通常必要な動産」と規定しているのであつて、「最低限度の生活に必要な動産」とは規定していない。そこで法九条一項九号の立法趣旨に照らして令二五条の右規定の意味を考えるに、令二五条は、国民一般の平均的な社会生活を営むのに通常必要な生活用の動産、すなわち通常の社会生活を営むのに必要とされる動産については、一定額を超える貴金属や書画、こつとうなどを除き、その譲渡所得を非課税とし、そしてその反面として、そのような通常の社会生活には必要でない生活用の動産については、その動産を保有しえない納税者又は保有する必要がないと考えて保有していない納税者との間に課税上の不均衡が生ずることを考慮して、その譲渡所得に課税することとしたものと解するのが合理的である。なお、このことから明らかなように、被告においても、納税者の社会的地位によつて右非課税資産の範囲が変わるものとは全く主張していないのであつて、原告の前記批判は失当である。

このように、被告の主張は、法九条一項九号の立法趣旨に完全に符合するものであり、かえつて、法六九条二項、六二条一項、令一七八条一項三号に規定される「生活に通常必要でない動産」の範囲を「ぜいたく品」に限定し、譲渡損失について他の所得との損益通算を認める生活用の動産を認めるべきである旨主張する原告の主張は、前述したような生活用の動産の譲渡損失の性質を看過している点別としても、令二五条が回避しようとした前述の課税上の不均衡を生ぜしめるものであつて、極めて不当である。

すなわち、令二五条が規定する資産の範囲に照らせば、それ以外の生活用の動産は、通常の社会生活においては必要でない動産であるから、前述したように、その動産を保有しえない納税者や保有する必要がないと考えて保有していない納税者が存在すると認められ、したがつてそのような通常の社会生活には必要でない生活用の動産に係る譲渡損失について、他の所得からの損益通算を認めることは、やはり右のような納税者との間に課税上の不均衡を生ずることとなるのである。それゆえ、令一七八条一項三号の「生活の用に供する動産で第二五条の規定に該当しないもの」との文言は、その文言そのままに、令二五条が規定する生活用の動産以外のすべての生活用の動産を意味するものと解し、他の所得との損益通算を認めない(法六九条二項)ことこそが法の趣旨にかなうものである。

なお、原告は、「もし被告のような趣旨であれば、令一七八条一項三号において法九条一項九号に該当しない生活の用に供する動産と定めれば足りるのであつて、わざわざ令二五条のみを援用する必要はない。」(四1(二)(5))旨主張するが、令一七八条一項は法六二条一項が適用される資産の範囲を定める規定であり、そして法九条一項九号においてもその資産の範囲は令二五条によつて定められているため、令一七八条一項三号は令二五条を援用したものと解するのが相当であり、かえつて、原告のような趣旨(令二五条で除外された、生活に通常必要な動産のうち、一定額を超える貴金属や書画、こつとうなどのみを規定したもの)であれば、令一七八条一項三号の文言は「生活に通常必要な動産で第二五条の規定に該当しないもの」と定める必要があるものと思われるが、いずれにしても、原告の右主張は失当である。

また、被告が主張している「国民一般の平均的な社会生活」すなわち「通常の社会生活」を営むのに必要な生活用の動産の範囲は、社会通念によつて客観的に定まつているのであつて、実務の取扱いが恣意的になることはない。もつとも、社会通念の内容そのものが不明確であるとの批判はあるかも知れないが、そのようなことは法律の解釈一般に生ずることであつて、被告の主張する概念のみにおいて特に問題となるものではなく、かえつて原告の主張する「ぜいたく品」との概念は、生活レベルによつて判断が分かれるものであり、どの生活階層を基準に「ぜいたく品」を判断するのかが問題となり、その範囲が極めて不明確である。

(三) 以上述べたところから、生活用の動産の譲渡損失に関する法の諸規定(法九条一項九号、同条二項一号、六二条一項、六九条二項及び令二五条、一七八条一項三号など)は、被告が三4において主張しているところに従つて解釈されるのが正当であることは明らかであるが、最後に、居住用の不動産の譲渡損失の取扱いについて原告が触れているので、その点について若干付言することとする。

法は、居住用の不動産につき、それが主として趣味、娯楽又は保養の用に供する目的で所有するもの(別荘など。以下「生活に通常必要でない不動産」という。)であるか、それとも通常の社会生活において居住の用に供する不動産(以下「生活に通常必要な不動産」という。)であるかを問わず、その譲渡所得には課税することとしており(生活用の動産に関する法九条一項九号のような規定はない。)、他方、その譲渡損失については、生活に通常必要でない不動産の場合は、譲渡所得金額の計算の範囲内における控除は認めるものの、他の所得との損益通算は認めず(法六九条二項、六二条、令一七八条一項二号)、それ以外の不動産の場合は他の所得との損益通算までを認める(生活用の動産に関する法九条二項一号のような規定はない。)こととしている。

このように、法はもともと動産と不動産の取扱いを必ずしも同じにはしていないのであり、したがつて、居住用の不動産の取扱いと比較して、生活用の動産の取扱いを論ずるのは適当でないと言わねばならない。なお、法が「生活に通常必要でない不動産」以外の生活用の不動産、すなわち「生活に通常必要な不動産」について、その譲渡損失の損益通算を認めているのは、一般に、その損失の額が多額であること、そのような生活用の不動産を譲渡した時には新たな生活用の不動産を取得しなければならない場合が多いことなどを考慮し、特に担税力の減殺要素として考慮することとしたものと思われる。

2  四2の原告の反論について

(一) 原告は、法三八条二項二号について、「一号以外の用に供された期間について規定したものであつて、これには生活の用に供していた期間のみならず一号に右の如く不動産所得等に限定された以外の業務の用に供していた期間も当然に含まれると解するのが相当である。したがつて、譲渡所得の基因となる資産が給与所得を生ずべき業務の用に供されていた期間は、法三八条二項二号に当然に含まれる」(四2(二)(2))旨主張している。

しかし、原告のような解釈によつては、不動産所得、事業所得、山林所得又は雑所得を生ずべき業務の用に供されていた期間につき、その控除する金額の計算上、他の期間に比べてその資産の耐用年数を短かくする(令八五条)こととした合理的理由を説明することができなくなるのであつて、したがつて、三5(一)において詳述したように、法においては右の四種類の所得以外に業務の用に供されていた期間はないもの、すなわち給与所得を生ずべき業務の用に供されていた期間なるものは認めていないものと考えているのが相当である。

また、原告の右主張によると、給与所得を生ずべき業務の用に供されていた期間は、事業所得などを生ずべき他の業務の用に供されていた期間と異なり、生活用に供されていた期間と同じ取扱いを受けることになるが、業務の用に供されていたと認めながら、給与所得の場合だけ別異に取扱うのは極めて不合理である。このような不合理が生ずるのは、給与所得者の使用する資産について、「収入を得るために用いられる資産」という業務用の資産の存在を認めようとするからであつて、このことからも原告の右主張が失当であることは明らかである。

(二) 原告は、四2(三)(2)において、「給与所得者の『収入を得るために用いる資産』に関して、法五一条のような規定が存しないのは、その必要性がないから、むしろ当然なのであつて、被告が主張するように、給与所得者には『収入を得るために用いられる資産』なる概念を法が認めていないからでは決してないのである。」旨主張しているが、生活用の動産に関して述べた(五1(一)(1))ところから明らかなように、法五一条一項が規定しているような資産損失は、専ら事業所得等の事業用又は業務用の資産についてのみ発生する損失ではなく、給与所得者の保有する資産についても発生しうる損失であり、したがつて原告の右主張が失当であることは明らかである。

なお、原告は、四2(三)(3)において、「法七二条は、災害等の理由で担税力を減少もしくは軽減した者に対する救済を法意とする規定であるが、給与所得者の『収入を得るために用いられる資産』に関し、同法の適用がないとすれば、災害、盗難等によつて損失が生じても給与所得者のみは、税法上の救済措置を享受できず過重な負担を負う結果となり、法の下の平等を宣言した憲法一四条に違反することになると言わざるを得ない。」旨主張している。

しかしながら、被告においても、法七二条が給与所得者の所有する資産について適用されないとは何ら主張していないので、原告の右批判は全く的外れである。かえつて、給与所得者について、「収入を得るために用いられる資産」との概念が認められるのであれば、その資産は事業用の資産又はそれと同等の資産として取り扱うべきものであるにもかかわらず、その資産損失につき、生活用の資産と同様に、法七二条の雑損控除でもつて取り扱つているというのであれば、そのことはむしろ右のような資産概念を認めていないことの証左であると解しうるのであつて、結局、法は、給与所得者の所有するすべての資産を生活用の資産として取り扱い、そのために法七二条又は法六二条が適用されることとなるものと解するのが相当である。

なお、原告は、「生活に通常必要でない資産」について、「雑損控除も認められないという徹底した税法的保護を認められない資産」である旨主張(四1(二)(1)(5))するが、同資産が法七二条の対象から除外されているのは、法六二条において同旨の規定をしているからにすぎず、税法的保護を全く認めていないのではないから、原告の右主張は失当である。

3  以上述べたように、原告の反論はいずれも不当なものであり、それによつて被告の主張の正当性が何ら左右されるものでないことは明らかである。

第三  証拠〈省略〉

理由

一争いのない事実

請求原因1項の各事実、同2項(一)(6)のうち原告が昭和五一年七月ころ本件自動車を運転中に中央分離帯に衝突させる自損事故を起こしたこと、その際、本件自動車のバンパー、ラジエータ及びエンジンを破損したこと(ただし破損の程度は除く。)、原告は本件自動車を修理すれば従前どおり直せるものの相当な修理代がかさむことから廃車にしようと考えたこと、事故を起こした本件自動車を製鋼原料販売業者豊田勝義に三〇〇〇円で売却処分したことは、いずれも当事者間に争いがない。

二本件自動車のスクラップ化の有無等

1  前記争いのない事実に加え、〈証拠〉を総合すれば、以下の事実を認めることができ、同認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  原告は、昭和四六年六月ころ兵庫スバル自動車姫路営業所において、本件自動車(小型乗用車スバルA一五型)を六八万円で購入した。

(二)  原告は、昭和五一年七月ころ神戸市須磨区内の道路上において本件自動車を運転中その操作を誤り、中央分離帯に同車を衝突させ、同車のラジエータ、エンジン及びバンパーを破損させた(この点は当事者間に争いがない。)。右破損は、そのラジエータ、エンジン及びバンパー部分を右中央分離帯に少し衝突させた結果によるもので、本件自動車はその後も自力で走行でき、右中央分離帯も破損していなかつたため、原告は右事故を警察へ届け出なかつた。

(三)  原告は、本件自動車を修理するためには相当の修理代がかさむことから廃車にする決断をし、昭和五一年七月ころスクラップ業者豊田勝義に三〇〇〇円で売却した(この点は当事者間に争いがない。)。右売却時も本件自動車は自力で走行可能であり、右豊田のみたところでは、本件自動車は外観上くぼみあるいは特別の損傷も見当たらなかつた。

なお、右三〇〇〇円との評価は、本件自動車を中古車両として評価したものではなく、スクラップと評価して算出したものである。

2  右事実からすれば、なるほど、原告は本件自動車をスクラップと評価して三〇〇〇円という安い譲渡価格で売却したとはいえ、本件自動車の右事故による破損の程度、態様事故後も本件自動車は運転走行機能を有していたこと、原告が本件自動車を廃車にするに至つた事情などからみて、原告の起こした右自損事故により本件自動車がスクラップ化するに至り、事故発生直後における本件自動車の適正価額は三〇〇〇円をもつて相当とするものと認めることはできない。

この点、被告は、①本件自動車の破損部位が自動車の枢要部であること、②売却価格も自動車の素材(鉄材)を基準として算出されたもので、自動車としての価格とはいえないこと、③本件自動車の転売先も製鋼原料の販売やプレス加工等を目的とする会社で自動車として再利用するものでないことなどから、事故発生直後の本件自動車はスクラップ商品として適正価額は三〇〇〇円相当と評価され、原告はその後スクラップ化した本件自動車を右適正価額三〇〇〇円で譲渡したのであるから原告には譲渡損失はない旨主張する。

しかしながら、前記認定のとおり、本件自動車の破損が未だ修理可能であり、その修理には事故直前の本件自動車の価額を上回る金額を要することまでは認められないこと、原告が廃車にしたことからただちに本件自動車がスクラップ化したとはいえないこと、売却価格もスクラップ業者に売却する以上自動車の素材を基準とするのは当然であること、転売先で自動車として再利用していないことをもつてただちにスクラップ化していたとはいえないことなどからすれば、被告の本件自動車の本件事故直後の適正価額は三〇〇〇円であつたとの右主張は採用できない。

三本件自動車の譲渡損失の税法上の取扱いについて

1  前記争いのない事実に加え、〈証拠〉を総合すれば、以下の事実を認定することができ、同認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  原告は、昭和四五年四月ころから神戸市兵庫区大開通一〇丁目二番一四号所在の大崎事務所に勤務することとなり、その通勤方法は山陽電鉄(電鉄高砂―阪急三宮)の定期乗車券を利用し、勤務先からはそれに相当する金額の通勤手当の支給を受けていたが、その後の昭和四六年六月ころ前記認定のように本件自動車を購入した。

(二)  原告は、本件自動車を購入後は当時の自宅である加古川市尾上町養田七一二番地の一二から山陽電鉄高砂駅までの一部区間(往復約四六・キロメートル)あるいは直接大崎事務所までの全区間(往復約八一・九キロメートル)の通勤に、また大崎事務所において自己の担当する外回りの業務に、さらに休日等には私用等で本件自動車を使用するようになつた。

(三)  ところで、原告が本件自動車を購入し、前記自損事故を起すまでの本件自動車の全走行距離は、約六万一〇〇〇キロメートルであつた。

(四)  その内訳は、おおむね次のとおりである。すなわち、原告自身の大崎事務所における顧問先回り・税務署等への書類の提出・集金等に使用した走行距離の総計は約四七九〇キロメートル(原告主張の四八九〇キロメートルは計算違いと認める。)、自宅から大崎事務所までの通勤に使用した総走行距離は約二万九三二〇キロメートル、自宅から前記高砂駅まで通勤に使用した総走行距離は約四九一二キロメートル、レジャー等への使用割合は約一万九六〇〇キロメートル、残余は、用途不明の走行距離である。

なお、原告は、大阪国税不服審判所の質問に対し、走行距離は業務よりレジャーの方が多い旨供述しているが、原告本人尋問の結果によると右は通勤のことを考慮に入れないで述べたものであることが認められるので、右質問結果は信用しない。

(五)  原告の本件自動車の使用日数は次のとおりである。すなわち、自宅から大崎事務所まで全区間本件自動車を使用した日数は四九一日、自宅から前記高砂駅まで本件自動車を使用し、同駅から大崎事務所近くの高速大開駅まで電車で通勤していた日数は一〇六八日、レジャーに使用していた日数は三七五日(一部業務に使用していた日数と重複がある。)である(残余は免許停止等で使用していない。)。

(六)  原告は、本件自動車の購入後も大崎事務所から定期乗車券代(ただし前記高砂駅・阪急三宮間)相当の通勤手当の支給を受け、他方、昭和五〇年からは本件自動車を大崎事務所の業務のために使用するようになつたので、実費程度のガソリン代の支給も受けるようになつた。

2  ところで、資産の譲渡による所得には、事業所得、山林所得、譲渡所得又は雑所得があるが、資産を譲渡したことにより生じた損失(譲渡損失)の処理については、これら各種所得の金額の計算要素の一つとしてこれら各種所得の金額の計算構造のなかに取込み処理されている(法二七条二項、三二条三項、三三条三項、三五条二項)。ただし、その譲渡による所得が非課税とされている資産の譲渡による損失は、所得金額の計算上ないものとみなされている(法九条二項一ないし三号)ので、各種所得の金額の計算構造のなかには取り込まれないこととなる。そして、この非課税とされる資産のうちに、「自己が生活の用に供する家具、じゆう器、衣服その他の資産で令二五条各号に記載したものを除く生活に通常必要な動産」が含まれている。

このように資産(非課税扱いの資産は除く。)の譲渡による損失を各種所得の金額の計算構造のなかに取り込んだ結果、各種所得の金額の計算上損失が生じたときは、その損失は他の各種所得の金額に損益通算されることとなる(法六九条一項)が、それには例外があり、譲渡所得の計算上生じた損失のうち生活に通常必要でない資産の譲渡による損失部分は、競走馬の譲渡による損失が競走馬の保有に係る雑所得とのみ損益通算されるほかは、損益通算の対象とならない、つまりその損失の金額は生じなかつたものとみなされることとなる(法六九条二項、令二〇〇条)。

そこで、本件自動車の譲渡損失の金額を給与所得の金額から控除すべきかにつき検討するに、前記認定事実(とりわけ三1(一)ないし(六)参照)によれば、原告は給与所得者であるが本件自動車の使用状況も大崎事務所への通勤の一部ないし全部区間、また勤務先での業務用に本件自動車を利用していたこと、本件自動車を通勤・業務のために使用した走行距離・使用日数はレジャーのために使用したそれらを大幅に上回つていること、車種も大衆車であることのほか現在における自家用自動車の普及状況等を考慮すれば、本件自動車は原告の日常生活に必要なものとして密接に関連しているので、生活に通常必要な動産(法九条一項九号、令二五条)に該当するものと解するが相当である。そして、自動車が令二五条各号にあげられた資産に該当しないことは明らかであるから、原告の本件自動車の譲渡による損失の金額は、法九条二項一号に基づきないものとみなされることになる。したがつて、損益通算の規定(法六九条)の適用の有無につき判断するまでもなく右損失の金額を給与所得金額から控除することはできないといわなければならない。

また、仮に本件自動車が前記認定事実のもとでは原告の生活に通常必要でない動産に該当するものとしても、法六九条二項、令二〇〇条により譲渡損失の金額は生じなかつたものとみなされることとなるから、譲渡損失の金額を給与所得の金額から控除すべき旨の原告の主張は、その余の点について判断するまでもなくいずれにしても採用することはできない。

3  この点、原告は、縷々述べて、一般的な家庭用資産は、①法九条一項九号及び令二五条で規定され、譲渡所得が非課税扱いとなる「生活用資産」(この資産の範囲は家具・じゆう器・衣類のほかこれに類する最低生活に必要な身の回り品的な動産に限定される。)、②法六二条及び令一七八条一項三号で規定され、損益通算を排除される「生活に通常必要でない資産」、③右①及び②のいずれにも該当しない一般資産に分類され、右③の資産は法三三条一項の課税対象であり、かつ法六九条一項による損益通算の許容される資産であるとの見解を前提に、本件自動車は右③の資産に該当する旨主張し、事実、〈証拠〉中には、原告の右主張は税法上の取扱いとしては合理的な解釈として現行法上も是認されるべきであるとする見解もみられる。

しかしながら、立法論としてはともかくも、右①の資産の範囲を原告主張のように限定的に解釈する合理的な根拠はない。すなわち、法九条一項九号の規定は、シャウプ勧告に基づき昭和二五年の譲渡所得課税の整備の際に創設されたもので、その立法趣旨は被告主張のとおり(事実欄五1(二)参照)であり、とりわけ担税力を考慮したためと解され、その趣旨を受けて、令二五条も生活に通常必要な動産のうち一定額以上の貴金属、書画、こつとう等(これらは担税力があるものと考えられるものである。)を除き非課税にしたものである。同条項の改正経過をみても、昭和二五年の改正に際しては「生活に通常必要な家具、什器、衣類その他の資産で命令で定めるもの」とされていたのが、昭和四〇年の全文改正で現行のように「生活の用に供する家具、じゆう器、衣類その他の資産で政令で定めるもの」となつたもので、この改正経過に照らしても原告主張のような制限的解釈をする根拠は認められない(「最底限度の生活に必要な動産」などと資産の範囲を特に制限する規定の仕方ではない。)。さらに、法九条一項九号と令二五条との関係も、原告主張のように法九条一項九号を制限的に解釈し、令二五条は列挙した貴石・書画等につき生活に通常必要といいうるものであつても一定額以上の高価品は非課税扱いの対象から除外する点に意味のある規定と解するよりは、法九条一項九号が生活の用に供する資産のうち非課税とする資産の具体的範囲につき令二五条において定めることを委任したものと解するのが、文理上も法律と政令との機能分担からしても相当である。

したがつて、現行法上の根拠規定のない原告独自の見解に基づき、本件自動車が法九条一項九号にいう非課税の資産に該当しないとの主張は、その余の点について判断するまでもなく理由がないから採用できない。

4  次に、原告は、給与所得者の保有する有形固定資産は、税法上「収入を得るために用いられる資産」と「生活の用に供する資産」に大別され、本件自動車は前者に該当するので、その譲渡損失は法六九条一項に基づき損益通算を認めるべき旨主張する。

ところで、原告の右主張は、被告主張のとおりその前提において独自の見解によるものであり、しかも、本件自動車が課税される資産に該当することを前提とするものであるところ、前記認定(三2参照)のとおり本件自動車は、法九条一項九号に該当する非課税資産に該当するものであるから、この点に関する原告の右主張はその前提において理由がないといわなければならない。

したがつて、原告の右主張はその余の点について判断するまでもなく失当である。

四そうすると、本件自動車の譲渡損失を零円として原告の給与所得金額に算入しなかつた被告の本件更正処分は結論において正当であるから、本件更正処分は適法である。

五結論

よつて、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官野田殷稔 裁判官小林一好 裁判官横山光雄)

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